逢坂壮五は、物腰が柔らかい。真面目で頭も良い優等生だ。それもそのはず。小さい頃から英才教育を受け、何処に行っても恥ずかしくないように育てられた。そうーー彼はFSCの御曹司なのだ(勘当はされたが)。責任感が強くて一人で抱え込んでしまう前に、私は少しばかり曲がった背中をさすって後ろから抱きしめる役をやってきている。幼少期からずっと。
そんな彼が、連絡も無しに家にやって来た。「驚かないで聞いてくれるかな。僕、アイドルをすることになったんだ」と開口一番に言われた。それ本気で言ってる? だなんて言えず、私は応援するねと当たり障りのない言葉を選んだ。
応援したくないわけではない。ただ、壮五くんがお父様達に責められるのが目に見えていたから、素直に喜べなかった。
IDOLiSH7の逢坂壮五は、皆のお母さん的な存在だ。人の顔色をうかがい、間を取り持ち、掃除を積極的に行っていた。料理もしてくれるんだ、とセンターの陸くんがにこにこしながら教えてくれたけど「でも、ちょっとね、オレには辛すぎて食べられないんだ」と冷蔵庫からタバスコパスタを出してきた。
そんなに真っ赤な料理はあなたしか食べられないから、と叱ったのを忘れたのだろうか。撮影を終えた壮五くんを迎えに行けば「あれでも抑えめにしたんだけどな」と苦笑いをしてシートベルトを締めた。それよりも、と呟いた彼は私の顎をそっと支えて上を向かせ「また一人で寮に行ったの? ……ダメだよ、
ちゃん。僕に連絡してから来ないと」と唇を啄んだ。
ーー逢坂壮五、やるときはやるのだ。
そんな彼から「再来週、ライブをするんだ。見に来てほしいな」とラビチャが来て、大きい野外ホールでのライブにも行った。もしかしたらこのライブをお父様が見ているかもしれない、妨害が入るかもしれないとハラハラしながらも紫色のペンライトを振った。あの時は私を入れてもたったの十人くらいだった――……。
それから数カ月経った、一月のある日。
アイナナのファンになった私はメディアを通して知ったのだ。三グループ合同でのドーム公演、という嬉しいニュースを。きっと本人はメディア公表前から知っている。そういえば、数日前にも彼に会ったが、どこか落ち着きがないようだった。気心知れた相手に口を滑らしてしまわないようにということだったのであろうか。
公表されてからは、MEZZO"の仕事にIDOLiSH7の仕事に、と慌ただしい生活になったようで、会える頻度が減ってしまった。
それでも、遅くなっても連絡は必ず返すのが逢坂壮五だ。
五日ぶりに既読マークが付いたラビチャのトーク画面に、ベッドでタオルケットをかぶりゴロゴロしていた私はホッとしていた。移動中かな、休憩時間かな、なんて想像しながら通知音が来るのを待っていたらそれはすぐにやって来て。
ーー待てよ、違う。メッセージの通知音ではない。これは、通話の着信音だ。応答ボタンを押して通話口を耳に当てれば、私の大好きなやさしい声が聞こえてきた。
この日は夜更しをしていて正解だったようだ。
「
ちゃん。突然、ごめんね。来ちゃったんだ。入ってもいいかな?」
「そ、壮五くん?! ちょ、まーー!」
せめて着替えさせておくれよ、逢坂壮五さん! パステルパープルの半袖半パンなラフ姿でお出迎えするわけには……! 化粧はもう間に合わないからレンズ部分の大きい伊達メガネかけて誤魔化すけど、こんな格好は恥ずかしいから……!
私は大慌てでベッドから抜け出そうとした。その時だった。
「ふふっ……捕まえた」
「きゃっ!? そ、壮五くん?」
「うん、正解。
ちゃんが出てきてくれるまで待っていようと思ったんだけど、近くで人の声がしたから慌てて入ったんだ」
ばさり。頭の上からかぶっているタオルケットを払われる。ふと体中から温もりを感じれば、いつの間にやら胡座をかいてベッドに座る壮五くんの上に座らされていた。肩には壮五くんが顎を乗せていて。チラと横を見れば、アメジスト色の瞳と合った。
「……会いたかったんだ。ずっと、
ちゃんに」
ささやいたように言えば、彼はそのまま私をぎゅっと抱きしめた。私が後ろから抱きしめる役なのに。だからだろうか。いつもとは違うシチュエーションにかなりドキドキしてしまう。
「壮五くん……今日は少しだけいつもと違うね」
「そうかな?」
「うん。なんだかね……格好いい」
「……だったら、もっとーー……僕に溺れてみる?」
艶やかにそう言えば、彼は私をゆっくりと押し倒した。私の足と足の間を割り込むように彼のスラリとした足が入る。目を細めてクスリと笑えば、私の頬を細くてきれいな指が撫でていく。
「ん……っ」
「可愛いよ、
ちゃん」
「そ、壮五……く、……んぁっ!」
「僕だけにしか見せないその顔も、声も……。どんな君も、僕は好きだよ。伊達メガネなんてしなくてもいいのに」
スゥっと伸びてくる手に見とれていれば、彼は私の伊達メガネを取った。その時、私はようやく気付いたのだ。彼の手に湿布が貼られていることに。
「壮五くん、これ……」
「なんでもないよ」
すかさず彼は答える。
痛くない? 大丈夫? 本当に平気?
質問攻めにしても彼は「なんでもないから」としか言わず、それに少しだけ腹が立った私は頬を膨らませてジッと睨みつけた。人が本気で心配しているというのに……!
「どうしても言わないつもり?」
「ーーすぐに分かるよ」
頑なに教えてくれようとはしなかった。逢坂壮五、なかなかの頑固者だ。「このガンゴそーちゃん!」とペシッと頬を自分の両手で挟んで口をたこさんのようにさせれば、彼は目を細めて笑い、仕返しと言わんばかりに私の腰を引き寄せる。
「まだ言えないんだ。分かってくれるよね?」
「う、は……はい」
「いい子だね」
「いい子だもん」
「うん、知ってる」
そして、来る七月七日。私は事前通販で買った紫色のリストバンドを左腕につけて、埼玉県の某ドームでペンライトを振っていた。
IDOLiSH7のMCの途中、壮五くんだけ先に動き始めて階段を上がっていく。何故彼だけかと見守っていれば、大きなグランドピアノが現れた。ピアノと共に会場カメラマンにズームされ、画面いっぱいに映る壮五くん。その一瞬、彼らしくもないニヤリとした笑みを浮かべ、鍵盤を撫でるように奏で始めたのだ。
《終》