RTI -四葉環-


 四葉環は、背が高くて体つきがいいが中身は小学生で実はビビリだ。初対面の人には悪い印象を与えてしまいがちだが、気遣いが下手なだけで、真っ直ぐで純粋だ。
 近くで見ていたから分かっているつもりだ。施設の子どもたちと対等に遊ぶし、一人でいることの多い同級生の和泉一織にも話しかけにいく。「なあなあ、いおりん! 放課後、王様プリン食いに行こうぜ!」「どうして私が……」「いいじゃん! 帰り道おんなじなんだし」「彼女とは行かないのですか?」「のこと? 、今日、ダメなんだって」「私はさんの代わりですか」「いいじゃん、美味いんだし」、そう無理やり約束を付けた彼は満足そうにしていた。「やったぜー! お土産買って行くかんな!」と満面の笑みだった。
 そんな彼が「俺、アイドルになった」と急に訳の分からないことを言い出した。嘘言ったらダメだよと受け流せば「嘘なんかつかねーし!」と席を立った後、「いおりん!」と和泉一織を連れてきた。すると、彼の口からも肯定するような言葉が出てきて、私の頭は真っ白になった。

 ーーごめん、環。私、アイドル、苦手なんだ……。

 それからというもの、私は環と距離を置いてしまっていた。彼も彼とて、学業とアイドル業の両立で日々を忙しくしているらしく、学校に来ることも少なく、来ていたとしても授業中はよく寝ていた。放課後、少しだけ環と話したくて声をかけても「ごめん、。もう行かないと……そーちゃんが」と彼もまた私を避けるようになっていた。
 もう終わりなのかな、私たち。
 そう呟いたのが和泉一織には聞こえていたようで。「さん」と呼び止められれば、「生き別れた妹さんを探すのに必死なんですよ、彼。アイドルをするって決めたのもそれが理由らしくて。だから、どうか、四葉さんを嫌いにならないでください」と言い残し、彼もまた、アイドルの世界へと進んでいった。
 この間、テレビでたまたま見た「IDOLiSH7の四葉環」は、いきいきとダンスをしていてとても楽しそうだった。
 


 そんな彼から「明日、ライブやっから。来いよ。来ねえと許さねえかんな! 絶交だかんな!」と有無を言わさないラビチャが来た。
 彼がここまで言えば、割と本気でやりかねない。私はため息をつきながらも当日券で会場入りをした。すると、何処からともなく腕を引っ張られ、会場から死角になっている物置小屋の裏へと押し込まれた。よくよく顔を見ればそれは環で。「来てくれなかったら、マジ、どうしようかと思った……」と力いっぱいに私を抱きしめた。「一生懸命、練習した。に見てほしくて。にもっと好きになってほしくて。アイドルにも興味持ってほしくて……!」と彼は泣きながら訴えたのだ。それで気付いた。私は“アイドルが苦手”なんじゃない。“環を取られてしまうから嫌”だったんだと。私は大きく頷いて、客席から応援すると告げた。今日も、これからも、と。あの時、観客席は私を入れてもたったの十人くらいしかいなかった――……。



 それから数カ月経った、一月のある日。
 アイナナのファンになった私はメディアを通して知ったのだ。三グループ合同でのドーム公演、という嬉しいニュースを。きっと本人はメディア公表前から知っている。そういえば、数日前にも彼に会ったが、どこか落ち着きがないようだった。気心知れた相手に口を滑らしてしまわないようにということだったのであろうか。
 公表されてからは、環は増々忙しくなったのか学校で会うことが減ってしまった。でも、彼は、練習帰りに家に来てくれることが増えた。母の作ったからあげと私の作ったハンバーグを交互に頬張りながら「今日も最高に美味い」と言うのだ。



 そして、来る七月七日。私と母は(食事のお礼にと関係者席に招待してくれた)、事前通販で買った水色のリストバンドを左腕につけて、埼玉県の某ドームでペンライトを振っていた。
 環はライブでもマイペースで、あっちこっちを駆け回っていた。メンバーが置いてけぼりになるのも構わずに。

「皆ー! 楽しんでるー?」

 彼がそう叫べば、アリーナ席やスタンド席、立ち見席や見切れ席からもドッと大きな声が湧き上がる。これが四万人ものファンの愛情だ。私も負けじと声を張り上げる。

「環ーっ!!」
「ん、あんがと」

 低い声で囁いた彼の魅惑的ボイスにやられたファンは更に、黄色い声を上げた。
 私は複雑だった。彼が皆に愛されるのはとても嬉しい。MEZZO"効果のせいか四葉環はグループ内でも人気のようでファンがたくさんいると聞いた。悪いように思われてしまわなくてよかったって安心した。それでも、小さな独占欲と嫉妬心が自分の中にいることも知っていた。恋人だからといっても、環は誰のものでもないのに。
 そんなことを考えていれば、いつの間にかIDOLiSH7は舞台裏へと行き、TRIGGERが魅せつけるようなパフォーマンスをしていた。
 彼らは不思議だ。夢中になってしまう。
 一通り終えた彼らもまたスッといなくなり、次はいよいよRe:valeだろうとペンライトの色を変えたその時だった。しんみりとしたメロディーが流れる。それは、それはーー。

「……恋の雨ーー」

 きれいだった。心が洗われたような気持ちになった。
 静かに歌い終わるや否やMCに入った途端、彼はずっとこっち側を見ていた。だからか、自分と視線が合っている感じがした。がんばってね、という思いを込めて水色のペンライトを大きく振れば、環はぶんぶんと両手を大きく振った。

〜〜! こっち見えてっかー!? 明日のメシ、ハンバーグなー!」
「た、環くんっ!!」
「あ、っていうのは、俺のメシ作ってくれるヤツでーー」
「えーっと……寮で料理をしてくれる人なんだ」
「そ、そうそう! いつもあんがとな、、母ちゃん〜! これからも、よろしくー」

 ーー強制的にハンバーグですか。私はため息を漏らしながらも、想像をふくらませるのだ。
《終》

>>2018/07/24
環だったら、夢主さんが来ていることを知っていれば叫びそうだなと。もちろんそーちゃんがフォローして上手くはぐらかします笑。