二階堂大和は、いつも飄々としている。何でもかんでもテキトーで、なあなあにする。
だなんてよく言ったものだ。本当は誰よりも人想いで、心優しいのだ。
そんな彼が、突然缶ビールや缶チューハイを袋いっぱいに詰めて「芸能界に入ることになった……アイドルとして」と嬉しいような悲しいような怒っているような複雑な顔で私の暮らしているアパートにやって来た。確か大和は、芸能界を毛嫌いしていた。冗談でしょ? なんて聞いても、私の恋人は「そんな冗談言うかよ」と缶ビールをぐいと飲んだのだった。
IDOLiSH7の二階堂大和は、グループの最年長でもありリーダーだ。
ぐいぐい引っ張っていくリーダーではなく、皆の一歩後ろから見守るタイプのリーダーだ。初めの頃にグループでミスをした時、皆には気付かれないようにスーツ姿で寮から出てマネージャーを待ち構え謝罪に行ったこともあったと、彼らのマネージャー・小鳥遊紡さんから直々にお話があった。「気付いていたとは思わなかったのでビックリしました」「いつもといい意味で雰囲気が違っていました」、それから「とても頼もしくて、お優しかった」と。
少しばかりヤキモチを焼いた私は「よかったね〜〜マネージャーさんがとっても可愛くていい子で。私とは大違いだね〜〜」だなんて言ったら、「
、ヤキモチ焼いてんの?」とケラケラ笑いだしたかと思えば急に額と額をひっつけてきて「俺が本気で好きなのはお前しかいない……知ってんだろ?」と真剣な顔で言うものだから、これ以上は何も言えなかった。
そんな彼から「明日、ライブする」と突然ラビチャが来たから、慌てて支度をしてライブにも行った。あの時は私を入れてもたったの十人くらいだった――……。
それから数カ月経った、一月のある日。
アイナナのファンでもある私はメディアを通して知ったのだ。三グループ合同でのドーム公演、という嬉しいニュースを。きっと本人はメディア公表前から知っている。そういえば、数日前にも彼に会ったが、どこか落ち着きがないようだった。気心知れた相手に口を滑らしてしまわないようにということだったのであろうか。
公表されてからは、ここ数日感の“大和の違和感”もきれいさっぱりとなくなっていた。
そんな私はというと、ライブ情報が少しずつ解禁されていくうちに焦りが出てきていた。
十人くらいしかいなかったライブが、今や四万人だ(それだけじゃ足りない)。チケットだって倍率がなかなかのものだろう。取れるかどうかも心配だ。「関係者席、マネージャーに頼んでみようか?」とありがたいお言葉ももらったが、ファンとして行きたいからそれは最後の秘密兵器にしてもらった。
数日後、無事にアリーナ席を取れた私は速攻で寝室のピタゴラ祭壇に行って三月君とナギ君と大和に手を合わせていた。
「やったよ大和、自力でアリーナ取ったよ! ワッホイ!!」
「何だよ。俺だけの祭壇は作ってくんねーの?」
「作りたいんだけどね! そりゃあもう大大大大好きな大和だから引き出しの中も大和だらけなんだけどさ! 本人に見られたら恥ずかしいじゃん!」
「ふ〜ん? その本人とやらが今ここにいるんだけど?」
「へっ?? あ、あひゃぁぁっ?! な、ななな、なんで大和がここにいるの!!」
「ドア、空いてたし?」
空いてたし、じゃないよ! いつの間にか勝手に家にあがって私の隣に来ていた大和をぽかぽかと叩く。
「これを隠したかったから、こっちの部屋に入れさせてくれなかったってワケね。おにーさん、納得納得♪」
嗚呼、私の人生が終わってしまった。穴があったら全力で入りたい。
恥ずかしくてベッドから毛布を剥ぎ取って頭からかぶれば彼はクスクスと笑いだし、私の大好きな優しくて心地よい低い声で「
」と呼ぶ。
「っ、な、何……?」
「ありがとう。俺も、それからコイツラも。こうやってしてもらえて本当に嬉しい。でもな……」
急に体が浮いたと分かり毛布から顔を出せば、いわゆるお姫様抱っこをされていると認識した。
「や、大和っ!?」
「なーに?」
「何で急にお姫様抱っこ?!」
「そんなの決まってる」
ゆっくりと近付いてくる大和の整った顔に、再び心臓がドクドクと鳴る。
「こうするためだ」
ちゅっ。
首筋に生温い感触とリップ音が残り、それから私はベッドに押し倒された。
そして、来る七月七日。私は、事前通販で買った緑色のリストバンドを左腕につけて、埼玉県の某ドームでペンライトを振っていた。痛バも持ってきた(恥ずかしくて大和だけには出来ず、推しユニットのピタゴラに)。
もうね、大和の「グッナイ」で叫んでしまったよ。近くに大和が来たわけじゃなかったけど、あれは反則だよ。
《終》