ここ最近、MEZZO"の二人はあまり事務所に長々といることがなかった。寮に戻ってくる時間も夜中だったりすることもある(環は高校生なので遅すぎることはないが)。そのため、二人同時に取材を受けたり撮影があったりする日はマネージャーである彼女は忙しい。午後八時になる前に環を車に乗せていったん寮に連れて戻ったあと、再び戻っては壮五と引き続き仕事をする。時間帯が夜の場合、そんなこともあった。
昨夜もそうらしく、寝不足気味の
は大きなあくびを何度も繰り返していた。
「
ちゃん、いい加減休みなさいな」
「え……あ、すみません、あくびなんかして。だ、だ、大丈夫ですから!」
ほら、この通り。
はバリバリ元気ですよアピールを大和にするも、彼はハァとため息をする。
「これであくび何回目? ほーら、言ってみ?」
「えーっと……一、二、三……七……、うーん? まだ十回はいってないはずです!」
「バカタレ。もうとっくにいってるってーの。それに……」
コツン。目の前の
の額と自らのを引っ付ける大和。その距離たったの数センチ。
「目が充血してるし、クマだってある。そろそろ周りに助けを求めてもいいんじゃないってお兄さんは思うけどな」
いきなりのことに
は目をぱちくりとさせて固まってしまう。それを察してか大和はにやりと笑う。
「どったの? ……もしかして、俺に惚れた?」
「へっ?!」
「……じょーだん。ま、そういうことだから、体調管理に気を付けなさい。お兄さんからの忠告でした」
スッと離れた大和は
に背を向けて何事もなかったかのように去っていく。彼は最近ドラマだか映画の撮影で忙しいはずだ。今日もあるのだろう。火照った頬を冷やすように飲みかけのペットボトルをそこに当てて、
は鼓動の高鳴りも鎮めることに専念した。事務所の大きなカレンダー型ホワイトボードには「大和:撮影」の文字で埋め尽くされていた。
MEZZO"の二人よりも歳が上の二階堂大和には何かとお世話になっていた。そのせいか、彼のことを考えると緊張感もなにもないふにゃんふにゃんな顔になってしまう。それに、ここ数日は変に顔や体が火照りやすい。恋愛体質にでもなってしまったのか、と
は目をギュッとつぶった。違う、違う。惚れ薬なんか盛られていない限りは。
それでも、体が何処かおかしいのは事実だ。仕事を休むだなんて考えていない。まだまだそんな暇は取れない。
壮五と環を送り出してから数時間で給油に洗車を済ませなくてはならない。ひとまずはコンビニで栄養ドリンクでも買ってからガソリンスタンドに向かおう。気を引き締めてハンドルを両手で握りアクセルを踏むも表情はあまり良くはなかった。
洗車と給油を終えた
がスタジオ裏へ着いた頃には、台本で言う終盤のページに差し掛かったところだと「STAFF」と刺繍された帽子にメガネをかけた若そうなスタッフが教えてくれた。どうやら、収録は順調に進んでいたようだった。
あと三十分もしないうちに終わるかな。撮影陣の邪魔にならないように隅の方へ移動しようと断りを入れれば「でしたら、あちらの椅子に座っていてください。テーブルもありますんで」と案内された。普段なら端っこで立って待っていられるが、今日ばっかりはそうもいかなかった。ありがたく椅子に腰を下ろした
は申し訳無さそうに頭を下げる。
「すみません」
「いえいえ。あまり元気そうには見えなかったので……」
「ごめんなさい、すみません……」
「いいって。
ーー、あ、いや……撮影陣からは距離があるから大丈夫ですか、らーー?!」
思わず彼女の名前を言いかけて言葉を濁して取り繕ろえば傾く
の体。それに気づき受け止めるスタッフ。受け止めた衝撃で帽子が床に落ち、深緑色の髪がはらりと揺れた。
「……ぶっ倒れるまでやんなきゃ分かんねえのかよ。この馬鹿ーー」
自らの腕の中におさまる彼女は呼吸が荒く、体中が熱っぽい。おそらく過労によるものだ。MEZZO"のマネージャー業が多忙だと影から見守ってきた彼ーー二階堂大和は、よく知っている。
本来ならばすぐさま救急車を呼ぶべきだが、この状況でなかなかそうはいかない。自分の身バレもそうだが、MEZZO"の撮影にも少しばかり影響してしまうからだ。彼女がそれを知ったらどんなに落ち込むことだろうか。彼には想像がついてしまうから。しかし、いつまでもここに留まるわけにもいかない。だったら、自分が車を運転して病院まで行けばいいだろうか。
周りに気付かれていない今がチャンスだ。大和はゆっくりと立ち上がれば、そこへ一人のスタッフが駆けつけてきた。彼はホンモノのスタッフだ。
「何かあったのですか?」
大和は人差し指を手にやって「静かに」と表現した。それに感のいいスタッフは察し、こちらへどうぞと裏口通路へと通される。自分が救急車を手配するからと移動中は救急隊員と会話を続けるスタッフに、大和はいつもと調子が違う自分を心の中で叱った。
控室へと着けば、ものの数分で隊員が担架を持ってやって来た。
「ご家族の方ですか?」
「いや……知人です。大切な」
ーーこの気持ちには蓋をしないといけないんだ。
《5話へ続く》