手鞠花を君と彩る<大和編 3>


 スマートフォンから普段は鳴らないメロディが流れた。よく連絡を家族・友人は親しみを込めてお気に入りのメロディが鳴るように設定をしているが、この音はーー……。おそるおそる画面を見てみれば想像していたとおりで、は深いため息をついた。電話をこのまま無視するという手もあるが、一時期お世話になった店の“ママ”に対して出来るわけがなかった。

「……は、はい……です。ママ、お元気でしたか?」
「んもう〜〜何でいつも他人行儀なのかしら、あなたって人は」
「す、すみません。ママには大変お世話になったので……」
「そうよ〜〜一からお酒を教えたのは私よ〜〜って、そんな話をするために電話したんじゃないの」

 此処を自ら選んで去っていった人間に此処の話なんて聞きたくないだろうし。彼女は淡々とした口調で言った後、それでもね、と言いづらそうにに伝える。

「仕事をちゃんとするって辞めたちゃんには申し訳ないんだけどね、店の子たち、皆が体調崩してね。今日私一人しかいないの。大学で流行しているヤツにかかったって言ってね。それで、今夜だけ、今夜限りでいいからお店に出てほしいの。お願いよ」
「あ、いや……私……」
「あなたしか頼める人いないのよ……お給料も通常時よりはずむから、ね?」



 こうして、一日限りの夜の仕事に復帰したは、肩や首元を大きく露出したドレスを再び着ることとなった。
 頼むから誰も来ないでくれ。知ってる人は特に来ないでくれ。相棒の龍之介や仕事先のIDOLiSH7メンバーなんて絶対に来ないでくれ。手を合わせながらぶつくさと呟く姿は、お祈りというよりも呪いをかけている人のようで。彼女はママに小突かれた。

ちゃん、顔! スマイルスマイル!」

 そう言っている間にも扉のベルがカランコロンと来店を告げ、頬をぱん、と叩いたは出迎えのために急いで駆け寄る。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりましーー」

 目が点になった。

「えっ、や、大和くん……ここって」
「キャバクラ&スナック」
「いやいや……俺たち、アイドル業やってるからタブーじゃ……」
「バレなきゃいいっしょ〜」
「俺、こう見えて女の子を相手にするの得意じゃないんだ」
「エロエロビーストって売っているのにですかー?」
「それは八乙女社長の作戦で……」

 もう何度も聞いたってーの。メガネをかけた男性がケラケラと笑えば、つられて長身男性もクスリと笑う。

「十さん、俺、今日ワインも飲んでみようと思うんですけどー……って、え……おまえさん、か……?」

 気付かれてしまった。初っ端から。よりにもよって一番避けたかった人たちに。あははと苦笑いするに、何かを察した茶髪の長身男性が助け舟を出す。

「席に案内してくれるかな? 奥の方の……そう、あそこの周りからは見えないような席がいいな」
「は、はい……っ。どうぞ」

 あくまでもお客さんとしてやりきるってわけか。だったら目の前にいる十龍之介と二階堂大和は、自分の知り合いではなくてただのお客さん、いや、同姓同名でそっくりさんのお客さんだと思いながらやろう。は見えそうで見えない胸元をさりげなく手で隠しながらも、奥の方へと案内をした。
 二人はただお酒を飲みに来ただけのようだった。龍之介は先ほどからグラスが空けば目の前にいる彼女ではなくママに「焼酎、ワイン追加〜〜」とふにゃふにゃ顔で叫ぶ。もう止めておきなよ、とが告げ口をしても、聞く耳を持たなかった。困ったなあ。盛大にため息をつけば、頭に軽く衝撃がやって来る。

「仮にもお客さんの俺達の前でため息なんざついたらダメよ?」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「あー、いや、俺は気にしないんだけどさ。マナーってやつね」

 の肩とあと数センチでぴったりとくっつく位置まで来ていた大和はニッコリ笑い、彼女の頬に手を伸ばす。

「十さん、あんたが心配なんだ。前までここで働いてたんだって? それが悪いとは言わねえけど、それでもやっぱり“そういうところ”だからさ。理由はあるんだろうけど、あんまり心配かけさせなさんな。十さんにも……」

 ーー俺にも。
 最後の方はぼそりと呟いたため彼女の耳に届くことはなく、は首をかしげる。

「え、大和さん……?」
「……んや、何でもない」
「痛ッ!」

 額の出っ張っているところ目がけて大和はデコピンを飛ばした。不意打ちだったため防ぐことなく食らった攻撃に、思わず声が出た。

「っ、や、大和さん!」
「ハハハッ……ま、そういうことで」
「何がそういうことなんですか!?」
「これ以上はひ・み・つ♪」
「もう、意味分かんないです!」

 秘密が多いぞこの人は。ぷんすかぷんすかとは怒りながら空になった大和のグラスに氷を入れ直し、ボトルのお酒を注げばそれをクイッと飲んですぐに空にした。

「知らなくていいことも世の中にはたくさんあるの。だからさ、あんたはそのままでいなよ。変に染まることなく……」
《4話へ続く》

>>2018/06/02
前半は龍之介編と同じです。
最後の大和のセリフ、ちょっぴり「紫陽花を君と彩る」と「手鞠花を君と彩る」の共通タイトル「君と彩る」にかけてるつもりです。