手鞠花を君と彩る<大和編 1>


※ほぼオリジナル展開で「紫陽花」のサイドストーリー。


 スーパーのレジ打ちが嫌というわけではなかった。その場に立って商品をピッピッとバーコードをかざして、カゴに入れることに専念すればよかったから。合間に倉庫から品を出したり、棚を整理したり、店内の掃除をしたりとやることはそこそこあり、忙しければ時間が経つのが早く思えて気が楽だった。ーー意地の悪い同僚がいなければ。
 今回は対人関係が原因か。は最後のアルバイト終えて帰路へとついていた。
 今までにも何度か対人関係が原因で辞めたが、スーパーのレジ打ち業務自体は続けられた。次の仕事先も同業にしようかと考えたが、あの人の顔が過ぎって止めた。どこに行っても、あんな人はいるに違いない。思い込みかもしれないが、あながち間違えでもないのだ。実体験があるーー五戦五敗だ。
 いっそのこと、ガラリと職種を変えたほうがいいかもしれない。だとすれば、何だろうか。
 今までの経歴を思い返すではあったが、失敗ばかりの嫌な記憶に支配されて気持ちが重たくなってしまった。体の疲れもあったが、気持ちまでも重たくなってはいけないと、かき消すように首を左右に振った。それでも、なかなか消えてはくれなくてとぼとぼ歩いていたら、ふとコンビニののぼりに目がいき、は釣られるように店内へと入っていった。

「帰ったら〜〜食っべるんだ〜〜♪」

 気分転換は大いに出来たようで、はコンビニで買ったイチゴのロールケーキとシュークリームを大事そうに抱えてスキップをしていた。

「イチゴ〜〜♪」
「おねーさん、ごきげんだねえ?」
「スキップなんかしちゃって、かーわいいー!」
「歌もうたってさ〜〜」
「え? あ、見られてる?! 恥ずかしい……」
「恥ずかしがることないって〜〜だいじょーぶ!」
「だ、大丈夫ですかね……?」
「だいじょーぶだって〜〜。でさ、おねーさん、今から俺たちと飲みに行こうよ〜」
「そうそう〜〜! すぐ近くの焼き鳥屋さん!」
「いや、あの、私、帰ってコレ食べるんで……」
「焼き鳥屋さんで食べたらいいじゃ〜〜ん! 行こうよ〜」
「いや、あの……」
「ほらほら〜〜早くしないと焼き鳥なくなっちゃうよ?」
「いや、私はいいです……」
「そんなこと言わないでさ〜〜」

 若干アルコール臭い若者集団の誘いを断っても断っても上手いことかわされてしまって。悪そうな人には見えないが、正直困っていた。このまま無視を決め込んで帰ろうか。デザートを落とさないように抱え直して地面を蹴ろうとした時だった。

「……待たせて悪かったな」
「へ? あーー……う、うん。待ったよ……」
「悪い」

 ぽんぽん、と優しく頭を叩く見ず知らずのヒト。彼はに微笑んでからギリッと若者集団を睨んだ。

「そういうことで。この子にちょっかい出さないでくれる?」
「す、すみませんでした!」

 尻尾を巻いたように逃げていったやつらにフンと鼻で笑った彼に、は深々と頭を下げた。
 帽子を目深にかぶっており、マスクもつけて顔なんてよく見えはしなかったが、彼の背格好からして同世代だろう。「またどこかでお会い出来たら嬉しいです」なんて言ったら「きっともうどっかで“観て”いるさ」と笑われたーー。




 数日後。転々と職を変えている生活に辟易としていた頃に一通の封筒がの元に届いた。送り主は「小鳥遊事務所」とあるが、見に覚えのなかった彼女は新手のいたずらか何かかと思い届け先の名前を見れば、確かにそこには自分の名前がはっきりと書かれていた。
 ーー困った。開けてもいいものか。
 テーブルにポイッと投げてベッドにそのままダイブすれば、アルバイト後の疲れがドッと出ては重たいまぶたが降りてくる。またお風呂にも入らないまま朝を迎えてしまうのか。ぼんやりとする中、は意識を手放そうとしていた。その時、けたたましいくらいの電話の着信音が鳴り響いた。画面には「小鳥遊紡」。今となっては疎遠だが、幼少期は年に一、二回遊んでいた遠い親戚だ。

「も、もしもし……紡?」
? 封筒、送ったからちゃんと見てね!」
「へ? 封筒って、小鳥遊事務所……?」
「うん、それ! 絶対見てね?」
「久々の電話がそれって」
「ごめんなさい! もっと長話したいんだけど、今厳しくって……じゃ、また後で!」
「ちょっ、紡……」

 紡の電話の後ろでは「マネージャー、早く〜!」「僕たちは準備できてるから!」と急かされている様子が伺えた。夜の十時だというのに。そういえば、そうだ。紡の苗字は「小鳥遊」だ。
 は先ほど投げた封筒に手を伸ばし、ペン立てに収納しているハサミで丁寧に封を切った。

 ーーこれが、彼女の運命を変える一つの出来事だとは知らずに。
《2話へ続く》

>>2018/05/29
やっと紫陽花のサイドストーリー書いてます。
手鞠花は紫陽花の別名です。
※龍之介編・大和編の1話後半は共通の文章です。