手鞠花を君と彩る<龍之介編 5>


 泣きじゃくりながらも車を発進させたは事務所に帰ることはなくどうにか十邸に辿り着いたわけだが、自分の本当の気持ちが分かり戸惑っていた。彼を意識すれば胸がドキドキして苦しい。それでも、彼に会いたい。いつもの「大丈夫だよ」が聞きたい。慰めてほしい。
 元々、ここにいる理由が彼からの励ましが欲しかったからだ。いるかどうかなんて確認すら取らなかったが、勢いで来てしまった。これからどうしようか。入るにも気持ちが追いつかずに入りづらく、門をくぐれない。やっぱり帰ろうか。右足を後ろに引いた時、門の奥のドアが開いた。彼だ。

「大きくなったなあ。今から水あげるからね〜♪」

 Tシャツと飾り気のないズボンにサンダル姿の龍之介は家庭菜園スペースにホースを使って水をあげる。それは彼女がいる場所の、レンガ塀を挟んだところで。

「〜〜♪ え、あ、っ?! あ……っ!」
「へ? ひゃっ! つ、冷たっ!」

 レンガとレンガの柵の隙間から見知った人の顔が見えて驚いた龍之介は手元のホースごとそちらへと向けてしまった。シャワー状の水ではあるが水量が少なくはなかったため、見事、彼女の顔面へクリーンヒットした。いきなりのことでは避けられなかった。スーツはびしょ濡れだ。

……! あ……ご、ごめん!!」

 彼は飛んでの元へ駆け寄る。上から下へと視線を落とし、また視線を戻すも気まずそうに逸した。

「よ、よよ……よかったらコレ、使って。俺、まだ使ってないから!」

 肩にかけていたタオルをに差し出す。

「うん、ありがとう」

 受け取ったタオルを頭にかけた瞬間、彼の大きな胸板が目の前にあった。鼻先まであと少しという距離だ。の心臓は高鳴る。

「りゅ、りゅ……龍?」
「……見え、見えちゃうから……嫌だからさ……とりあえず、中入ろう? 着替えなきゃ風邪引いちゃう」
「あ、うん……“嫌だから”ってどういう……?」
「な、何でもないよ。ほら、早く入ろう?」

 龍之介に押されるがままはくぐれなかった門をくぐり、玄関に足を踏み入れた。
 十邸にはまだお呼ばれされたことがなく、今回が実は初めてということになる。先ほどとは違ったドキドキがやって来て、は周りをキョロキョロと見回す。廊下の壁にはおしゃれな額におさまったいくつもの写真。沖縄で一緒に遊んだ龍之介の弟たちと友人、それからーー。

「あ……これ、私……」

 立ち止まったに龍之介も隣に寄り添う。

「ごめんね? 勝手にここに飾って。この写真、一番のお気に入りなんだ。と一緒に撮った沖縄の写真が。後ろには青い海があって、遠くの方に船もいて。何より、が楽しそうに笑ってて」

 それは、彼女が小学六年生の時、家族ぐるみで海に行った日のこと。天気もよく、海も穏やかで、龍之介の弟が仲良く並ぶ二人を密かに撮ったものだ。

「……懐かしいね」
「うん、そうだね……っ、懐かしいね……う、んっ、懐かしい……」

 止めていた涙が思い出と共に溢れて頬を伝っていく。抑えていた気持ちも堰を切ったように溢れ出て、は龍之介の裾を掴んだ。

「龍……私……っ! やっちゃったの……また失敗しちゃったよ……っ!」

 はつい先ほどの失敗を相棒に伝えた。車の運転も、あの二人との関係も、何もかもがダメで失敗続きだということを。
 失敗するたびに相談には乗っていたが、龍之介のアイドル業が忙しく、東京に出てきてからというもの直接会っての相談は少なかった。ラビチャでは連絡を取り合ってはいたが、長々しくなれば「気にしないで」とすぐに話を変えられる。今日が久しぶりだった。
 本当は早く着替えさせたかったが、落ち着かせてからでも遅くはないだろう。彼女を抱きしめた龍之介はぽんぽんと頭を撫ででゆっくりとした口調で慰める。自分までも濡れてしまったがそんなことは構わない。

「そんなことない。は頑張ってる。大丈夫……大丈夫」
「とんでもないことした……収録間に合わなかったどうしようっ!」
「大丈夫。きっと間に合うから。大丈夫だから」
「龍だけだよ……そう言ってくれるの。私ってホント何やってもダメダメだよ……」

 それよりも、今は。

「俺は、そんなも好きだけどな」

 彼女の頭を撫でていた手が耳を撫で、頬へと滑らせる。親指の腹で涙をすくえば不安そうな彼女の瞳と視線が合い、彼はやさしく微笑んだ。

「完璧よりも少し抜けているところがあった方が、男として守ってあげたくなるから」
「え……?」
「こんな時に言うなんて卑怯だよね……ごめんね。俺、ずっと、を一人の女の子として見てたよ。沖縄にいた時からずっと」
《終》

>>2018/06/08
つなぴに「卑怯だよね」って言わせることが出来て満足。