手鞠花を君と彩る<龍之介編 4>


 あの日以来、龍之介とは連絡がまちまちになっている。夜の店には行かないという約束を破ったからということと、龍之介のその時の態度に距離を置きたくなったからだ。
 嫌いだから離れたい、というわけではない。むしろその逆だ。人として彼のことが好きだから、は嫌われたくなかった。十龍之介と出会った時から好意的に思っており、いつしかその関係は一人のクラスメイトから友人、相棒へと変化していった。にとって、彼は大きな存在なのだ。


 MEZZO"のマネージャーとして与えられたのは事務所にあるデスクとPC、それからMEZZO"専用送迎車だった。予算を送迎車だけにたくさんはかけられなくて軽自動車になったんだ、と小鳥遊社長は苦笑いしながらもにキーを渡したが、は内心ホッとした。十人乗れる、あの馬鹿でかい車は運転したくはない。軽自動車でむしろよかったのだ。
 がホッとしたのも束の間、事務員の大神万理は手のひらを合わせて申し訳無さそうに謝ってきた。「一緒に回れなくてごめんね」と。これだけ売れているアイドルグループだが、小鳥遊事務所はまだまだ見合うだけの人員が足りていなかった。彼女が送迎を行うのもそのためだ。本来なら「慣れるまで・覚えるまでは上司が付く」のだが、ここでは例外のようだ。「なんとかやってみます」と答えたのが、午前九時過ぎのこと。時間はまだあった。
 ーーあったはずだった。
 自動車運転免許を持ってはいるものの、普段運転をしてこなかった彼女にとって、この大都会の運転は困難を極めた。三車線、四車線は当たり前の広い道路。行き交う車や歩行者の多さ。入り組んだ道に、一方通行の数。事務所から一番近いスタジオだというのに、徒歩や自転車では気にもとめない一歩通行の標識に度々ひっかかってしまい、大回りをするうちに時間が迫ってきてしまっていた。

「時間がない……! マネージャー、ちょっと急いで!」
「す、すみません! 目の前にあるのに……」

 そして、いつの間にか道路工事のための渋滞にも巻き込まれ、車は思うように進まなくなってしまった。スタジオは道路反対車線側にあるテレビ局だ。数メートル先の歩道橋を渡ればすぐだ。人目にはついてしまうが、そうも言ってはいられない。壮五は環に準備をするよう急かして車内に散らばった荷物をまとめさせる。

「……行ってくるね」

 ぼそりと呟いた壮五は前後を確認し、後部座席のドアを開ける。次いで環も素早く降りる。二人がどんより雲の小雨の中を傘もささずに駆けていくのを、は泣きじゃくりながらも只々運転席から見ていることしか出来なかった。
 頭の中が真っ白だ。
 足は体が覚えているおかげでどうにかブレーキペダルを踏んでいるが、周囲の雑音が耳に入ってこない。理解できるのは、ここは今都会のど真ん中・何車線もある道路で、車を運転していて、信号機はまだ赤だということ。重要な用事はもう終わったということ。

「……だったら……かえろうか……」

 ーーどこに帰るというのだ。自宅か? 否、自宅なわけがない。
 ーー何故そう思える? 家じゃない気がする。わからない。そもそも、自分は何をしていたんだろうか。

「っ……りゅ、龍……っ!」

 自問自答をすれば次に出てきた言葉が相棒の名前で。後ろの車からクラクションを鳴らされて車を発進させたは、溢れ出てくる涙を袖で拭ってハンドルを再び握った。



 男性アイドル業という忙しい生活を過ごしている彼の休日が少ないのは考えなくても分かることだ。行く前に連絡をしたほうが良かったのかもしれない。彼の家が見えてからそう思ったのだが、ここまで来てしまった。引き返すのは今更だ。
 車を駐車スペースに止めたは運転席から降りて十邸を見上げた。海の家をイメージして建てたらしく、いつか、ここに沖縄の家族と一緒に住むのが夢なんだと以前教えてくれた。庭には花壇や家庭菜園もあり、「昔を思い出すよ」とこれまた楽しそうに写真を見せながら説明してくれたのを思い出した。
 ーーいつか私も一緒に住めたらな。
 そんな言葉が急に出てきてハッとしたは慌てて息を呑みこんだ。
 何を言っているんだ、自分は。一緒に住むっ、て言うなれば「同棲」だ。好きだけど付き合っていない。恋人関係ではないのに。
 好きなのに。好きなのに。
 大好きなのに。
 ここまで考えてやっと理解できた彼女はパズルのピースがピタリとはまったかのような気持ちになり、ふぅと息を吐いて手を頭にやった。

「私、龍が好きなんだ……」
《5話へ続く》

>>2018/06/08
つなぴ邸は想像(妄想)です。