スマートフォンから普段は鳴らないメロディが流れた。よく連絡を家族・友人は親しみを込めてお気に入りのメロディが鳴るように設定をしているが、この音はーー……。おそるおそる画面を見てみれば想像していたとおりで、
は深いため息をついた。電話をこのまま無視するという手もあるが、一時期お世話になった店の“ママ”に対して出来るわけがなかった。
「……は、はい……
です。ママ、お元気でしたか?」
「んもう〜〜何でいつも他人行儀なのかしら、あなたって人は」
「す、すみません。ママには大変お世話になったので……」
「そうよ〜〜一からお酒を教えたのは私よ〜〜って、そんな話をするために電話したんじゃないの」
此処を自ら選んで去っていった人間に此処の話なんて聞きたくないだろうし。彼女は淡々とした口調で言った後、それでもね、と言いづらそうに
に伝える。
「仕事をちゃんとするって辞めた
ちゃんには申し訳ないんだけどね、店の子たち、皆が体調崩してね。今日私一人しかいないの。大学で流行しているヤツにかかったって言ってね。それで、今夜だけ、今夜限りでいいからお店に出てほしいの。お願いよ」
「あ、いや……私……」
「あなたしか頼める人いないのよ……お給料も通常時よりはずむから、ね?」
こうして、一日限りの夜の仕事に復帰した
は、肩や首元を大きく露出したドレスを再び着ることとなった。
頼むから誰も来ないでくれ。知ってる人は特に来ないでくれ。相棒の龍之介や仕事先のIDOLiSH7メンバーなんて絶対に来ないでくれ。手を合わせながらぶつくさと呟く姿は、お祈りというよりも呪いをかけている人のようで。彼女はママに小突かれた。
「
ちゃん、顔! スマイルスマイル!」
そう言っている間にも扉のベルがカランコロンと来店を告げ、頬をぱん、と叩いた
は出迎えのために急いで駆け寄る。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましーー」
目が点になった。
「えっ、や、大和くん……ここって」
「キャバクラ&スナック」
「いやいや……俺たち、アイドル業やってるからタブーじゃ……」
「バレなきゃいいっしょ〜」
「俺、こう見えて女の子を相手にするの得意じゃないんだ」
「エロエロビーストって売っているのにですかー?」
「それは八乙女社長の作戦でーー……って、あ、あれ……
?」
「いやいや十さん、こんなところに彼女がいるわけ……って、いたよ。え、マジで……?」
気付かれてしまった。初っ端から。よりにもよって一番避けたかった人たちに。あははと苦笑いする
に、何かを察した茶髪の長身男性が助け舟を出す。
「席に案内してくれるかな? 奥の方の……そう、あそこの周りからは見えないような席がいいな」
「は、はい……っ。どうぞ」
あくまでもお客さんとしてやりきるってわけか。だったら目の前にいる十龍之介と二階堂大和は、自分の知り合いではなくてただのお客さん、いや、同姓同名でそっくりさんのお客さんだと思いながらやろう。
は見えそうで見えない胸元をさりげなく手で隠しながらも、奥の方へと案内をした。
二人はただお酒を飲みに来ただけのようで、彼らの向かい側に座る
のことなんて気にもとめなかった。何だか居づらいな。ママに視線を送れば「もういいよ」と返ってきたのでスッと立ち上がって礼をすれば、「待って」と手首をつかまれる。
「待って、
。……焼酎追加」
「あっ、俺もビール〜〜」
なんだ。ただの追加の注文か。少々お待ちください、と今度こそ席を立つもよく知っているごつごつとした大きな手は離してはくれない。
「ダメ。
はここにいて? ずっと、俺の隣にいて?」
「りゅ、龍……?」
「夜のお店にはもう出ない約束だったよね?」
「あ、あの……それは……」
「言い訳は聞かないよ。肩も胸元も大きく開いた服なんてふさわしくない」
「ご、ごめんなさい……」
「あっ、いや……
を困らせたいわけでもないんだ。その……
の純粋な心を穢そうとするヤツらに取られたくなくて……ごめん、なんか変なこと言って……」
口元を隠す龍之介はもう一度ごめん、と言えば
の手を解放する。
「……ワインもひとつお願いできるかな。今日は酔いたい気分なんだ」
「あ、え……えっと……お節介かもしれませんがお水も一緒に持ってきますね」
いつもとはどこか違う龍之介に、
はほんの少しだけ距離を置きたくなった。
《4話へ続く》