手鞠花を君と彩る<龍之介編 2>


 沖縄の地に降り立って初めて言葉をかわした彼とは、友達の域を超えて「相棒」となった。就職先も沖縄県内でしようとは思わず、彼がスカウトされて旅立った東京にしか眼中になかった。両親には心配されたが、都内のほうが働き口も多いし、田舎と比べたら給料だっていい。本当に困ったら帰っておいで、と背中を押してくれた。

 こうしては都内で働き始めたが、働き口は多けれどすぐには見つからなかった。正社員を希望していたが、これといった資格を持っていなかったからだ。となると、派遣社員かアルバイトばっかりで。
 正社員じゃないから働かないとなれば、生活をしていけなくなる。いつまでも親に頼るわけにはいかない。とりあえず、アルバイトでも何でも働きながら正社員枠を探そうと、「とりあえず」で職に就いた。そんな働き方をしていたせいか、やる気が全く出なかった。職場で合わない人もいたが、やはり、彼女の仕事に対するモチベーションが大きな原因と言ってもいい。
 初めてのアルバイトはたったの二ヶ月で辞めてしまった。それからは一ヶ月ももったかどうかだ。こうして、職を転々とするようになったのだーー。



 は今日も相棒の十龍之介にラビチャで連絡を取っていた。
 最初のきっかけは就職活動の愚痴だった。その後は、どこどこに面接受けたとか、履歴書返されたとか、バイト先決まったとか。仕事に関することを逐一報告しているのだ。

「“今日から小鳥遊事務所で働くの。ライバル会社にはなっちゃうけど、これからもよろしくね。またオフの日に会えたら嬉しいです”……送信っと」

 十龍之介といえば、今や誰しもが知っているであろうアイドルグループ・TRIGGERの、あの十龍之介だ。テレビや雑誌、ラジオ等々で目にする日がないと言っても過言ではない。仕事で忙しいから連絡を控えようとしたこともあったが、「そんなこと、が気にする必要ないよ。今までどおり送ってね。と話していると俺も楽しいから」と電話で言われたから気にしないようにしている。
 きっと、今日も撮影だ。すぐには付かなかった「既読」に彼のことを思い浮かべたはそっとラビチャ画面を閉じ、黒いパンプスを履いて家を出た。午前七時半。初めての出勤日のことであった。


 MEZZO"の二人と再会し、ギスギスした雰囲気のまま帰宅するハメになったはスーツを脱ぐこともなくベッドに飛び込んだ。本当に今日は疲れたな。彼女のつぶやきは誰にも拾われることなく、深い眠りへと誘われていった。床に転がったバッグが小刻みに震えていることにも気付かずにーー……。


「あ、起きた? ダメだよ、スーツのままで寝たらシワだらけになるから」
「へ……あ、りゅ、龍?!」
「うん、おはよう……い、いや、時間的にはこんばんは、かな?」

 微笑む相棒には目が点になった。何故、十龍之介が自宅にいるのだ。

「あっ、ごめんね? 勝手に入ったら悪いって思ったんだけど……電話がなかなか通じなかったし、カギが開けっ放しだったから何だか心配で……」

 電話の音なんか聞こえなかったぞ、とは上着のポケットをぱんぱんと叩いた後、周りをキョロキョロと探してみてもそれは見つからない。仕事中はポケットの中に入れているはずなのに。いや、待てよ。確か、夕方、全速力で走るからとバッグに入れたんだっけ。足元の床を見やれば、バッグが横たわり中身が散乱ーーひとつの場所で固まっていた。

「あちこちに散らばってたからまとめておいたんだ。あっ、スマホは……はい」

 ぽん、との手のひらに乗せた龍之介はついでにと言わんばかりに紙袋も差し出す。

と一緒に食べようと思って、カツサンド、買ってきたんだ。“仕事に勝つ”ってね」
「りゅ、龍……っ!」
「元気、無理に作ってる感じがしたんだ。直感だったから自信があるわけではなかったんだけど……でも、よかった。買ってきて正解だったよ」

 これ、美味しいって有名なんだよ。龍之介がベッド前のテーブル、つまり自分の横へ来るように手招きをする。

「疲れた時は美味しいものが一番! 食べて体を休めてあげよう?」

 龍之介の方が何倍も何十倍も疲れているだろうに。昔から思いやりのある優しい人だ。は頬をゆっくりと伝う涙を手の甲で拭い、ありがとうと笑顔で伝えた。
《3話へ続く》

>>2018/05/30
つなぴとカツサンド回。
つなぴが励ましたから「紫陽花」で夢主が元気を取り戻せました。