手鞠花を君と彩る<龍之介編 1>


※ほぼオリジナル展開で「紫陽花」のサイドストーリー。


 ーーそれは、今から十年程前のこと。
 本州出身のにとって、亜熱帯地域・沖縄県の気候はすぐには体がついていかなかった。冬の時期なら問題なかったかもしれないが、家庭の事情で急遽決まってしまった沖縄への引越は梅雨もとうに明けて夏真っ盛りな七月だった。
 小さなキズがところどころ入った赤いランドセルを背負い、麦わら帽子を目深にかぶったは手紙を握りしめたまま海を眺めていた。沖縄の海は絵本で見たような青色で、空の青とはまた違っていた。ーーきれい。は思ったことを素直に呟いた。

「沖縄の海ってきれい。……っ、わた、わたし、友達できるかな……」
「うん、大丈夫。どぅしくらい出来るよ。 しまぬうまんちゅがどぅしさ!」
「え? あ、あの……何て……?」

 自分の知ってる単語が「大丈夫」と「出来る」しか聞き取れない。この地域の方言は難しいとテレビで聞いたことがあったような。話し方からして怒っているわけでもなければ、悲しそうにも感じない。明るくて喜んでいるような、そんな感じだ。しかも、話しかけてきた彼は、と背丈が大して変わらない。

「いゃー 、東京ぬちゅ? やまとぅぐち……えーっと、友達くらい簡単に出来るから心配いらないよ。島の皆が友達みたいなものだから」
「え、あ……どういう……?」
「都会と違って人口が少ないからね。学校も一つしかないんだ」

 ほら、あそこにあるの見える? 彼は山の方を指差してにっこり笑った。

「俺は十龍之介。君は?」
……」
って呼んでもいい? あ、俺のことも好きに呼んでいいよ。皆は龍って呼んでる。“龍之介”って長いからね」

 龍之介はよろしくねとの手を取り、「早速だけど、学校に行ってみない? 皆待ってるよ」と引っ張っていく。皆ってどういうことか、と聞く前に龍之介は思い出したように「田舎だからね。噂話なんてすぐに回ってくるんだよ」とはにかんだ。
 の心配事はどこへやら。龍之介の言うように、は転入初日の放課後には周りの子と裸足で校庭を駆け回った。親切にしてくれた龍之介とは同学年ではなかったが、家が近所ということもあり毎日お互いの家を行ったり来たりしていた。いくつになっても変わることはなくーー。




 学校を卒業後、転々と職を変えている生活に辟易としていた頃に一通の封筒がの元に届いた。送り主は「小鳥遊事務所」とあるが、見に覚えのなかった彼女は新手のいたずらか何かかと思い届け先の名前を見れば、確かにそこには自分の名前がはっきりと書かれていた。
 ーー困った。開けてもいいものか。
 テーブルにポイッと投げてベッドにそのままダイブすれば、アルバイト後の疲れがドッと出ては重たいまぶたが降りてくる。またお風呂にも入らないまま朝を迎えてしまうのか。ぼんやりとする中、は意識を手放そうとしていた。その時、けたたましいくらいの電話の着信音が鳴り響いた。画面には「小鳥遊紡」。今となっては疎遠だが、幼少期は年に一、二回遊んでいた遠い親戚だ。

「も、もしもし……紡?」
? 封筒、送ったからちゃんと見てね!」
「へ? 封筒って、小鳥遊事務所……?」
「うん、それ! 絶対見てね?」
「久々の電話がそれって」
「ごめんなさい! もっと長話したいんだけど、今厳しくって……じゃ、また後で!」
「ちょっ、紡……」

 紡の電話の後ろでは「マネージャー、早く〜!」「僕たちは準備できてるから!」と急かされている様子が伺えた。夜の十時だというのに。そういえば、そうだ。紡の苗字は「小鳥遊」だ。
 は先ほど投げた封筒に手を伸ばし、ペン立てに収納しているハサミで丁寧に封を切った。

 ーーこれが、彼女の運命を変える一つの出来事だとは知らずに。
《2話へ続く》

>>2018/05/29
やっと紫陽花のサイドストーリー書いてます。
手鞠花は紫陽花の別名です。
※龍之介編・大和編の1話後半は共通の文章です。