「さて……本題と行こうか」
思った通りだ。千の厳しい目線がトウマに行けば、虎於は更に睨む。
「単刀直入に聞こう。モモを知らないか?」
「し……知らない!」
「嘘だな?」
「う、嘘じゃ……!」
「じゃあ、どうしてそんな顔をする? 気まずそうな、申し訳無さそうな顔だ。……ほら、僕の目を見て話してみろ」
千とトウマの鼻先が引っ付きそうなほど、彼はぐいと顔を近づける。目線を逸らそうとトウマが顔を横に向けようとすれば、千はすかさずトウマの頬を両手で固定した。
「なっ……?!」
「正直に話すなら悪いようにはしない。そう……。いい子だ。顔を上げて」
「も、百さんは……」
千の瞳に吸い込まれたトウマは視線を逸らすことは出来ない。「顔を上げて」と言われれば、その通りに体が動く。
いっそのこと、吐いてしまいたかった。だが、それを吐けば、家族や昔のグループが危険に晒されてしまうかもしれない。百のことが嫌いなわけではない。今でも尊敬しているのだ。そんな彼が、絶体絶命のピンチを迎えている。自身の自宅マンションで。
助けたいけれど、助けられないのだ。手を貸すことでさえも。言葉に詰まるトウマに痺れを切らした虎於が代わりに紡ぐ。
「ーートウマ。構うことはない。帰るぞ」
トウマの腕を掴んで千と
に背を向ける虎於に、千は声を荒らげる。
「待て。話はまだ終わっていない!」
「こっちはもう終わったんだ。続きは弁護士を通してくれ。トウマ、行くぞ」
「で、でも……っ」
虎於は立ち去ろうとするも、トウマが気にかかっているせいか足を前に出さない。このままでは面倒事に巻き込まれると察知し、引きずってでも帰ろうとする。無論、それを許そうとはしない千が虎於に食って掛かる。
「今の僕が善良な一般市民に見えるのか? おまえの常識が通用する相手かどうか、物事を判断する目を養ってから、命がけで横槍を入れるんだな、坊やーー」
これ以上、おまえは喋るな。千の有無を言わさない圧力には敵わなかった虎於は口をつぐむ。意を決したトウマは涙が落ちるのを堪えながらも、虎於の前に出て千を見た。
「……俺が言ったって、誰にも言わないでくれますか……?」
「大丈夫だよ、トウマくん。約束する。……あなたも助けてあげたいから」
「
姉さん……」
「だよね、千斗?」
「そうね。約束するよ」
まさか自宅マンションにいるだなんて。
は盲点だったと悔やんだ。どうして早く気付かなかったのかと。連絡が繋がらないのなら、自宅にいるかもしれないと素直に思えばよかったのだ。だが、素直に帰ったところで、状況は悪くはなってしまうだろうが。ということは、やはり、これが正解だったのだろうか。女一人よりも、男が一人いればまだいいだろう。千が自分よりも体力があるとは考えにくいが。
はエントランスでカードキーをかざし、ロビーへのロックを解除する。
「急がなきゃ……! この解除の通知音が家に届いてると思うから……」
「こういう時困るよね。セキュリティーの、それ」
と千がエレベーターに飛び乗れば、誰にも捕まらなかったのかぐんぐんと上昇していく。扉が完全に開く前に二人は無我夢中で玄関まで走った。
二人の自宅ではあるが先に行かせるわけにはいかない、と千が
の前に立ってドアノブに触れる。鍵がかかっていないことを確認し後ろを見やれば、
の両手には怪しげなスプレー缶とフライパンがあった。玄関前の物置から取ったらしい。
「備えあれば憂いなし、ってね。警察には通報済みだから」
泣きながらも歯を食いしばって
はドアを睨んでいた。自分の大切な人が命の危機に晒されている。助けたいのは当たり前だ。自分も危険な目に遭うというのに。それは、千にも言えることではあるが、彼女とはまた重みが違うだろう。ぽんぽん、と
の頭を撫でて、力強く言った。
「大丈夫。モモを死なせたりしない……!」
それが合図となった。
勢い良く家に上がり込み、気配のするリビングへと突き進んだ。
「ゆ、ユキ……っ!
も……なん、で……」
「おっ、美青年に美少女ちゃん登場ってか〜〜!」
「おいおい、あっちの女の子、フツーに可愛いじゃん。舐め回してえくらい」
イスに縛られている百を放置したコワモテの男衆はなめずり回すような目で
を見て、同時にうなずいた。
「うっ……や、……気持ち悪い……っ?!」
「俺たちといいことしない〜?」
「たくさん可愛がってあげるからさ〜」
「ひゃぁっ!?」
「いい声〜〜」
助けに来たはずの
が、男衆に取り囲まれてしまった。しかも、服の上からだがお尻を撫でられた。悲鳴をあげる
に、百は大人しく黙って見ていられずはずがない。
「そいつに手を出すな!!」
「あ? おまえは黙って見ていろ!」
取り囲まれて
が隠れてしまう。自分が縛られていなければ動けるというのに。苛立つ百に、千が音を立てずに近寄る。「静かに。黙ってて」と突入前に
からお守りにと手渡されたナイフで縄を切った。二人は目を合わせた。力では勝てないが、言葉でなら言い負かすことが出来る。千が口を開けた、まさにその時だった。
「この下衆野郎がああ!!」
がフライパンを振り回しながら催涙スプレーをまき始めた。フライパンが顔面にクリーンヒットした男はその場に倒れ、おまけに催涙スプレーももろにかぶり、動きを止めた。もう一人の男もやられたようだ。
残る一人が
目がけて手を振り上げようとしているのを百は見過ごさなかった。
「これ以上やったら、モモちゃん、本気出しちゃうよ?」
男の足を持ち上げれば、バランスを崩して転倒した。受け身が取れなかったため顔面から床にダイブする。悶える男の隙をつき、百は
に駆け寄る。
「もういい。もういいんだ……」
堰を切ったようにわんわん泣き出す
に、百は力いっぱいに抱き締めた。
「ぐっ……あれだけ酒飲ませたのに……!」
「残念だったな。モモは強いんだ。色んな意味で、ね」
「畜生……!」
千は床に転がっていた、おそらく百を捕らえて始末するための縄で気絶している男衆を縛る。百に転けさせられた男は観念したのかその場で胡座をかいて千をジッと見つめていた。「何だ、気持ち悪い」、千が視線を感じて男に投げれば、その男は小さな声だがはっきりと言った。「ヤツがターゲットにしているのは一人だけじゃない」と。
《18話へ続く》