桜の木の下で君に告げる<16>


 やはりトウマは何処か変だった。彼女と目を合わせようとしなかった。親切にはしてくれたが、会話がぎこちなかった。まるで何かを隠しているような……。
 だが、彼が彼女に隠すことなんてあるのだろうか? ZOOLのメンバーの中では一番仲が良くて、つい先日のお買い物デートの時にも「また行こうね」と約束を交わしたばかりだ。ドッキリでも仕掛けようというのか。いや、違う。狗丸トウマはそういうタイプの人間ではない。
 ならば、考えられることはーー彼女に関係のある良からぬことか。「平凡アイドル」の今後を月雲了から聞いてしまったのか。それともーー……ではなく、百絡みか?
 あり得なくはない。トウマは百を尊敬していると言っていた。百とが夫婦関係というのも知っている。仮にそうだとしたら、トウマが目を合わせなかったのも、複雑な表情をしていてもおかしくなはいのだ。
 さて、どうしたものか。これからはボイストレーニングだ。自由には動けない。いっそのこと、病欠でもしてしまおうか。レッスン室まであと数メートルのところに差し掛かった時、グイッと後ろから手首を掴まれた。

「っ?! ……つ、月雲、社長……」
「やあ、ちゃん。レッスンに励んでいるようで何よりだよ〜」

 いきなり掴むだなんて心臓に悪い。は心を落ち着かせながらも営業スマイルをしてみせる。

「一応、アイドル練習頑張ってますので……」
「うんうん! って、僕、ちゃんに用があって引き止めたんだ」
「私に……?」
「そ。急で悪いんだけどね、今日のボイトレは明後日に延期になったんだ」

 ナイスタイミングだ。ガッツポーズをしそうになるのを抑え、はあくまでも残念そうな顔を装う。

「あ、そうそう。あと、さっきトウマが呼んでたよ? ZOOLの撮影を見てほしいって」
「え? トウマくんが?」
「行ってみるといいよ?」

 言い終われば月雲了はスキップで去っていく。には聞こえないようにクツクツと笑いながら。



 タイミングよく機材を運ぶ車を捕まえられ、教えられたスタジオへは直行することが出来そうだ。
 は助手席で、先ほどの月雲了の言葉を考えながらもスマートフォンを触っていた。やはり、何度思い返しても彼の言葉は違和感があるのだ。「トウマが呼んでた」のならば、ついさっき会ったのだからその時に用を済ませればよかったのに。「ZOOLの撮影を見てほしい」のならば、何故あんなに複雑な表情をしていたのだ。照れくさい顔ならば分かるが、それとも違ったのだ。
 段々と月雲了の言葉が偽りなのではと思い始めるに、手にしていたスマートフォンにラビチャの通知が入った。千からだ。「ちゃん、今何してるの?」と。そういえば、千は今日、百と一緒に仕事をしているわけではないはず。「最近ダーリンと一緒に仕事してない〜!」と冗談交じりで駄々をこねていたのだから。は潜入捜査のためにZOOLを見に来たとは言えず、「特には何も」と返した後に「百からの連絡がなくて。千のところには届いてる?」とだけ入れた後、地下駐車場に着いた車から降りた。


 一方、に何気なくラビチャを送った千だったが「百からの連絡がない」という文に焦りをつのらせていた。彼女にどう言えばパニックにならないか考えながら送ったが、先に彼女からその言葉が来たのだ。マメな百が大切なに連絡をし忘れるだろうか。自分にでさえもし忘れたことなんてなかったというのに。

「……嫌な予感がする……」

 楽屋のテレビから流れるZOOLの曲が千を思考させる。確か、もまたツクモプロダクションに「平凡アイドル」としてスカウトされたのだとか。ZOOLとお仲間、ということか。彼らは歌もダンスもなかなかの実力者だ。見ておく価値はありそうだ。千がテレビの前へ移動すれば、彼らはライトを浴びて踊っていた。しかし、気付いた。トウマの様子がおかしい。フリも間違えている。
 千はテーブルに置いていたスマートフォンを取り、電話帳の履歴画面からの即探し出す。呼び出し音は三回で済んだ。

ちゃん、今どこに?」
「え……あ、その……トウマくんに呼ばれてZOOLの撮影を裏から見てるところだけど……」
「彼を見張って。帰りそうになったら足止めして。そっちに行く」
「ちょ……千!」

 彼女が電話口で叫んでいたが構うものか。むしろ、こっちが怒りたいくらいだ。ZOOLの撮影を見ているだと? 特には何もしていないと言ったのに。千は荒々しくドアを開け、通りかかった岡崎マネージャーの制止を振り切った。



 ZOOLのスタジオでの撮影が終わり、は話しかけてその場に残らせようとしていた。まずは当たり障りのない「お疲れ様」から始まり、トウマはまんまと足を止めた。だが、周りにいたのがトウマだけではない。棗巳波と御堂虎於。この二人が要注意人物だと睨みをきかせていたのに。彼女はツメが甘かった。不自然な行動を見抜いた虎於は二人の間に割って入る。

「なあ……あんた、なんか変だぞ」
「そ、そんなことは……。同じ事務所の者同士だからね?」

 違和感を覚えた虎於はトウマの腕を掴む。

「帰るぞ、トウマ」
「でも、姉さんが……」
「続きは歩きながらしようぜ? さんを独り占めするのは良くないぜ、トウマ」


 御堂虎於に丸め込まれるも足止めは成功しているようだ。千が早く来るように祈りながらも、はスタジオを出た。すると、前方から覚えのある人物がこちらに向かって走って来るのが分かった。が立ち止まれば、それにつられてトウマも止まる。
 呼吸を荒らげ、手を膝について整える千。絡まることを知らないストレートヘアーがボサボサだ。前髪も変な癖がついて、羽織っている上着もシワシワのヨレヨレで。彼が全力疾走してきたことを表していた。

「っ……ちゃん、ありがとう」
「私は何も……」
「お礼の白桃のパフェ、用が済んだら食べに行こう」
「行く!」
「君らしいよ、本当に」

 千は咳き込みながらも笑う。勿論、彼女とこんな和やかな会話をするためにわざわざ走ってきたりなどしない。虎於はそれを理解しているからこそ笑わずに、静かに千とを睨む。
《17話へ続く》

>>2018/04/23
ZOOLの中ではトウマが好きです。次回、ついにアプリのあの回に入ります。