三日後。
約束通り、買い物帰りの
の元に彼らは現れた。一人はツクモプロダクション社長・月雲了。先日会った男だ。あとの男は彼の言っていた「こわーいお兄さん」だろう。背丈が彼よりも大きく、肩もがっちりしている。顔も所謂コワモテで威圧感しかない。
は奥歯を噛み締めつつも買い物バッグから水色の封筒を取り出して月雲に渡した。その場で中身があることを確認すれば、目を細めてにんまりと笑う。月雲は「明日、ここにおいで」と茶封筒を突きつけ、「またね」と手を振った。
ーーそして、今に至る。
午後一時過ぎ。ツクモプロダクション・応接室に
はいた。「契約」をするために。
「……とまあ、こんな感じなんだけど。何か質問はあったりするー?」
「あ、えーっと……てっきり誰かと一緒にユニット組むのかと思っていたんですけど……」
アイドルはソロでやらない。「シンガーソングライター」ではない。彼女は「アイドル」なのだ。
アイドルは夢を与えるもの。歌声ももちろん大事だが、やはり容姿が重要になってくる。人の好みは千差万別。言うなればーー可愛い系が好きな人もいれば、美人系が好きな人もいる。ここで既にふた手に分かれてしまうのだ。それなのに、ひとりでどうやって「アイドル」をやっていこうと考えているのだろうか。しかも、アイドルのテーマが「平凡アイドル」とは。
は唸る。
「そんな顔しなくたっていいんだよー?」
「平凡アイドルって……」
売れるんですかねえ。
ボソッと呟いたつもりが彼の耳には届いていたようで。クツクツと笑いながらも
を一瞥する。
「ダイジョブダイジョブー。……僕が売れさせてあげるからさ。
というアイドルを。僕の手で……」
やはり彼からは畏怖の念を感じる。早く家に帰って家事がしたい。解放されたい。
ふと
が奥にある扉を見ていたらガチャリと急に開いたものだから、思わず声に出して驚いてしまう。
「ぷっ……
ちゃん、そんなに驚かなくてもいいのに〜」
「……マヌケヅラだった」
「なっ……?!」
「いけませんよ、そんなことを言っては。彼女が傷つきますから……」
いや、そう言われるのも傷つきますよ。心の中で思いつつも、
は扉から出てきた四人を見やる。この四人組どこかで見たことがーーそうだ。話題沸騰中の新人アイドルグループ「ZOOL」だ。亥清悠、狗丸トウマ、棗巳波、御堂虎於だったか。今までのアイドルたちにはない荒々しさや反社会的な言動で世間を賑わせている。それだけではない。歌もダンスも魅力的で既にファンが一定層いると聞く。
「俺たちをここに呼んだのはコイツに会わせるためか?」
「そうだよトウマ。彼女、平々凡々って感じでいいでしょー? 僕がほしかった人物像にピッタリ!」
「アンタ、相変わらずだな……」
「そ? ま……それだけじゃないんだけどね……ねぇ?」
「へ?」
微笑む月雲に
は素っ頓狂な声を上げる。今、聞いてはいけなかった言葉を聞いてしまった気がしたんだけど。彼を静かに睨んでいれば彼女の目線に気付きまた笑う。
「どーしたの?」
「あ、いえ……何も」
彼は分からない。何なんだ彼は。
人を操作することに長けている。初めから「悪いヤツ」と認知して飛び込んではいるが、いざこうやって会話をしていると自然と「悪いヤツ」感が減っていっている。それどころか、「本当に悪いヤツなのか?」と疑問を抱くまでになってしまう。
これではいけないのだ。
彼女は「スパイ役」だ。フリなら構わないが、飲み込まれてはいけない。
は首をぶるぶるぶると左右に振って落ち着け、と言い聞かせる。それを不思議に思ったのかそれとも気まぐれか、トウマは
に近付いた。
「……アンタ、
って言ったか?」
「は、はい……そうですけど……」
確認するや否や、トウマは
の腕をつかむ。
「コイツ、ちょっと借りてもいいか?」
「うん? いいけど……すぐ戻ってきてよん?」
「え? えっ……ちょ……!」
トウマに引きづられるように応接室をあとにした
は、そのままズカズカと廊下を歩き、奥にある倉庫前に連れて行かれた。ドアノブを回して彼女を押し込めた後「逃げるなよ。話がしたいだけだ」と真剣な面持ちで言うものだから言い返せなかった。
鍵を閉めたトウマは更に倉庫の中へと突き進んでいく。
ベニヤ板が無造作に置かれたスペースにたどり着き、彼はそこに胡座をかいた。
も隣に腰を下ろす。一瞬、トウマが狼狽えて頬が赤く染まったような気もしたが、
は疲れているだけだろうと気にも留めなかった。
「……俺は知ってるんだ。アンタが何者か」
まずい。もうバレていたのか?
手の汗がじんわりと出てくる
にトウマはジッと彼女を見つめる。
「アンタ……Re:valeの百の嫁さんだろ?!」
「は、はいっ?!」
何だ、そっちかー。ホッとするも束の間、何故、彼がそれを知っているのであろうか。百は婚約会見はしたが、相手である
の顔は勿論のこと、年齢や職業といった情報を一切控えたというのに。答えが出てこない
に、トウマは自信満々の顔で
に言う。
「随分前の話になるんだけどよ……俺、Re:valeさんと仕事したことがあるんだ。少しだけ。……そん時に、百さん、話しかけてきてくれて。“この人、オレの大切な人なんだ”って二人で桜の木の下にいる写真見せてくれて。だから分かったんだ。“別れちゃったけどね”って言ってたけど、婚約会見の百さん、幸せそうな顔してたから……」
《14話へ続く》