薬指にキラリと光るおそろいのマリッジリングを何度も見ては、ソファーに座る百はため息をついていた。
「はあ~~。モモちゃん、しあわせ~~!」
「大げさだなあ、もう」
二人の新居としてセキュリティのしっかりとした都内のマンションに引っ越した百と
は、彼の口癖でもある「ハッピー」な生活を送っていた。
学生時代からの付き合いではあったが、途中で関係がこじれてしまって一度は別れたものの、互いが互いを想っていたために時間はかかってしまったがよりを戻すことが出来た。それどころか女の子の憧れと言っても過言ではないエンゲージリングを半年前に贈られ、つい最近、入籍をした。マリッジリングは、以前、百が退院後に
を連れて行ったジュエリーショップで作ってもらった特注品。とは言っても、宝石をたくさん散りばめたものではない。裏側にはお互いに相手の誕生石を埋め込んではいるが。
「なんかさ〜、これ見るたんびに思うんだよね。
と一緒なんだって。ほら、誕生石埋め込んだじゃん? お守りにって」
「そうだね。百は十一月だからトパーズだね。薄いレモンイエロー色の。効果は友情とか仲間意識とかだったよね。百、コミュニケーション能力高いから私もこれの力をもらえたらなぁ」
愛おしそうにリングを指でなぞる
に、百は少しばかりむくれ顔になる。
「オレ以外に仲良くしたい人とかいるの?」
「仕事でーーってそうだった。辞めたんだっけ、私」
だからその必要はないんだって〜〜。百はにっこにこの笑顔で
を見つめたかと思えば、シュンと項垂れる。
「無理に辞めさせたみたいで悪いって思ってる。でも……」
バリッバリのキャリアウーマンだった彼女が、家に帰ると「おかえり〜」と必ず出迎えてくれる。エプロン姿の時もあれば、パジャマやTシャツといったくつろぎ姿の時もある。百は家に帰ってくるなり必ずと言っていいほど
に抱きついて「ただいま」を言うのだが、こればっかりは本当に、彼女を辞めさせてよかったと思う。家にいてくれるというのもその理由には当てはまるがーーそれが主な理由ではない。
ーー彼女を守るためだ。
万が一、この関係が知られたとしよう。とすれば、ターゲットは
にいく。ストーカーまがいの事だってされるかもしれない。陰険な嫌がらせもあるかもしれない。
今はまだ、結婚相手がどこのどういう人物かという情報は出さないようにしている。数ヶ月前の婚約会見だって、「相手は一般人だから詮索はどうかご遠慮ください。普通の女の子なんです」と杭を刺した。彼女の顔がわれないように。
全ては、
を守りたいがためだった。
「わかってるよ、百。ありがとう」
はこつん、と百に寄りかかるように体重を預けては彼の手を上からぎゅっと包み込む。
「うん、ごめん……オレ、
のためって思ってやってること、本当は
にとっては迷惑なことなんじゃないかって……ちょっと自信なくしてた。あ、えーっと、ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」
「はいはい。そんなこと、気にしなくていいのに」
「大事なことなんだって!」
軽くあしらう
にムキになる百。
「オレはもう
の旦那さんなんだよ? 生涯、
と暮らしていくんだから、遠慮とか隠し事とかしないでさ……仲良く楽しくしていきたいんだ! だから……!」
ーーそうだ。彼は、不安なんだ。どうしようもなく不安なんだ。「ハッピー」なフリを全力でしているだけなんだ。
百の膝に跨って向かい合うように座り、
は力いっぱいに抱きしめる。大丈夫、大丈夫だよと呼びかけるように。
「……ごめん。あ〜〜もう!
とイチャラブな新婚生活を楽しんでるっていうのにこんな雰囲気にさせちゃって、本当にごめん!」
「わかったらよろしい!」
「あ〜〜、オレ、幸せだよ」
「私も」
お互いに抱きしめる力を強くすれば、なんだかそれがおかしくてクスリと二人して笑う。
「
、もうちょっとこのままでいたい」
の首筋に顔を埋める百。目を閉じて頷く
に、百は今日一番の幸せを感じていたのだった。
ある日、食材の買い出しに近くのスーパーに来ていた
は嫌な気配がしたのを察知していた。それは、今日だけのことではない。昨日も、一昨日も、先週だってそうだ。おかしな事に、“それ”が家までつけてくることはなかった。スーパーの帰りから途中の公園までだ。毎回。
そして今日も跡をつけられていた。ただ一つ違うことがあるとすればーー自分の目の前に出てきて話しかけてきたことだ。
「ねえ、キミ。アイドルに興味ない?」
「……興味ないですけど」
立ち去ろうとする彼女を足止めするように男は強引に続ける。
「じゃあ、こういい直そう。うちでアイドルをやろうよ、“モモのお嫁さん”?」
《12話へ続く》