腕に重みを感じた百は、まだ眠いと訴える眼に抵抗した。正面の壁時計は5を指している。窓を見やれば、夜が明け始めていた。夜と朝の境界は魅力的だな、と冴えない頭で感じていると、段々と醒めてきた。
思考が止まった。原因を突き止めた。
腕の重みの正体は、安らかな寝息を立てていた人物だった。
勝手に腕枕なんてしちゃってさ。許されるのは
だけなんだよ。
はぁ、と息を漏らした百がその人物を問い詰めようと体をそっと起こし肩を叩いた。もぞもぞと動き、顔が百の方を向く。――彼女だった。愛してやまない彼女だった。
この人は本当に彼女なのだろうか?
数秒間、疑った。
でも、はっきりとわかるのだ。少しだけくせのある髪も。大好きだった彼女のシャンプーのにおいも。自分とは違う柔らかいお腹も。全てが
のものだと百は知っているのだ。毎晩、抱きまくらにするように足を絡めて抱きつきあって、おやすみ前の会話を楽しんでいたのだから。
「っ……!
、
!」
百は覆い被さるように抱きついた。寝ていてもしるもんか。
「
っ……
! っ、うぅああぁっ……」
涙が止まることを知らない。嗚咽もだ。約三年分の彼の想いが溢れ出している。
「忘れたことなんてなかった……今でもずっと好きなんだよ!」
「うっ……も、百……私も……く、苦しい……」
大慌てで
から離れると、彼女は目に涙を浮かべて笑っていた。ありがとう、私もずっと好きだった。Re:valeに専念して欲しかった私のただのエゴ。本当は別れたくなんてなかった。隣にいたかった。ごめんなさい。もう、言葉にならない声だった。百は右腕を伸ばし彼女を胸の中におさめる。今度は絶対に逃さない。離さない。そう決意を抱いて。
「約束しよっか。オレの隣にいること。もう嘘はつかないこと。それと……退院したらすぐに一緒に買いに行こう――」
ーー数日後。
無事に退院した百は眼鏡に帽子、マスクをつけて街に出ていた。昨日までと違うのは、自分の横に彼女がいるということ。まだ手は繋いていないけれど。もちろん、繋ぎたくなくて繋いでいないわけではない。百は恋人つなぎがしたいと何回もおねだりをしたが、
に断られたのだ。今、変な写真撮られたらマズイでしょ、と。仕方なく横にいるだけなのだ。それでも、百は幸せオーラ全開で鼻歌をうたっている。
「着いたよ〜! さぁ、入った入ったー!」
「えっ?! えっ?! ここって……高級ジュエリー店じゃ?」
「そりゃあねぇ? だって、それを買いに来たんだから」
いらっしゃいませ、とドアを開けてくれる店員さんに春原ですと告げる。実はもう予約しちゃってるんだよね。いたずらっ子の顔で
の手を引っ張るとVIPルームへと通された。
目の中に飛び込んでくるのは、異常なほどのきらびやかさ。天井から床まで一級品。思わず一歩後ずさってしまう彼女に、百は耳打ちをする。
「ここ、一応知り合いがやっててさ。それに、今日という日を特別な日にしたいから」
その言葉を合図に、奥から知り合いと名乗るスーツ姿の男性が現れる。別珍素材のトレイに居座る箱を差し出しそっと手に取ると、百は片膝を床につけて箱の中身が見えるように開いた。それは、まるで、ドラマや漫画の中であるプロポーズのようで。
「え……?」
「びっくりした? だったら、作成成功〜! 一度やってみたかったんだよね!」
何が何だかわからない、と訴える。頭が追いついていない。戸惑う
に百は、じゃあ今から本番行くからと言うだけで。ますます意味がわからなくなった。すると、急に店内のBGMが変わる。落ち着いたクラシック調からオルゴール調になった。照明もわずかばかり色が入っている。
「
、今から大事な話をします。最後まで聞いてくれますか?」
《10話へ続く》