夜の10時を回ったところだろうか。帰路に着く
のもとに、通知音が入った。マナーモードにしてなかったと焦るも、ここはもう仕事先ではない。ホッとしたのも束の間、送信主は折笠千斗。Re:valeの千だった。こんな時間にどうしたのだろう、と画面を指で操作すると、目を疑うような文字の羅列がそこにはあった。
時が止まった。呼吸の仕方を忘れた。
そんな例えが相応しい。
『モモが倒れた。病院に緊急搬送された』
そのメッセージの後に、病院の名前と住所も送られてきた。
のとる行動はもう一つしかない。髪が乱れても、スカートがめくれても構わない。とにかく走るんだ。一刻も早く。走るんだ。
千に『行きます』と4文字で返してから、走るのに適さないパンプスで夜道を走った。不格好でも、道行く人に指を差されても。
幸いにも、病院との距離が然程なく、全力疾走で15分だった。ヘトヘトで息を切らしながらも受付に行く。
「あ……あの……っ、ぜーぜーっ、す、春原百瀬が緊急搬送されたって……っ」
受付の女性は苦笑する。
の格好を見てなのかーー大人のスーツを着た女性が、髪の毛ボサボサで服がしわくちゃに乱れているのだから。そうだとしても、彼女は気にする素振りを見せない。どうだっていい。そんなことは。
「あ、……のっ!」
「すみませんね。一般の方は入れないんです」
それもそうか。彼はトップアイドル・Re:valeの百だ。どうやって一般人が本名を知り得たのかは置いといて、百の病室に一般人が立ち入ることは出来ない。
「違うんです! 私は……っ!」
困った。どうするべきか。千とのラビチャを見せるわけにもいかない。それに、「自分は百の元カノで、関係者です」と言ったとしても信じるわけがない。その時、
の肩に手を置かれた。
「っ……?! ゆき、と……」
「すみません。彼女、僕と百の知り合いなんだ。僕が呼んだ。いいよね?」
「は、はい……っ」
受付の女性は千がふいに現れたものだから驚きを隠せないでいた。ああ、格好いいです。頬を染めてぼそりと呟く。
千は「行くよ」と、受付の女性には見向きもせず
の腕を引っ張っていった。
病院の独特の匂いが強くなってくる病棟ーー。エレベーターに乗り込む。
着いた先は、一般人が立ち寄れない11階。VIP病室。混乱を避けるためにここになったんだ、と千は苦笑いをする。豪華過ぎる廊下の装飾、薄暗い照明。揺れるシャンデリア。どこのホテルだよ、とツッコミのないボケは虚しく廊下に響く。
「千……」
百が大事になったから運ばれたんじゃないの?
は千の態度に混乱する。
「ああ、ごめん。緊張を紐を解こうと思っただけなんだ。モモは大丈夫だよ。今は寝てる」
この部屋だよ。僕は隣の客室にずっといるから、そう言い残し、目の前のドアとは違うドアを開けて入っていった。一人取り残された彼女は手に力が入るのを覚えて、一度深呼吸をする。それでも落ち着かない。速くなる鼓動がより
を慌てさせる。
「しっ、しつれ、い……失礼します!」
まるで新卒者の面接のようだ。
は意を決して入室した。
「も、百……?」
電気の消えた部屋には月明かりが頼りだ。ぶつからないようにおそるおそる歩けば、すーすーと寝息が聞こえてきた。主のところにたどり着けばやはりそれは彼で。左腕には点滴の管があった。顔がまだ赤いが、呼吸は荒くなく落ち着いている。ホッとした
はベッド横の椅子に腰掛ける。
「ばか……百……っ、百っ、百っ……!」
とめどなく溢れてきた涙が頬を伝う。ベッドに顔をうつ伏しても涙は止まらず、シーツに染みを作った。
《9話へ続く》