桜の木の下で君に告げる<7>


 百が悩んでいる頃、その悩みのタネである彼女は普通の生活を送っていた。朝起きて支度をして仕事をして、終わったら帰宅して寝る。少し違う部分があるとすれば、仕事の時間が不規則で、外をよく駆け回っているということだろうか。
 外に出れば嫌でも彼らの話題が耳に入ってくる。街の大型ディスプレイ、宣伝トレーラー、CDショップ、本屋等々。どこに行っても彼らの情報がたくさんだ。Re:valeが活躍していて嬉しい気持ちがある反面、寂しい気持ちが彼女にはあった。自分から突き放して何を言うのか、と思われるだろうが。今でも変わりなく応援し続けて、こっそりライブにも行っている。CDも予約するし、車内でかける音楽はもちろんRe:valeだ。

「……よかったんだよね、これで……百……」

 何度この言葉を呟いたのだろうか。
 は嘲笑し、次の取引先へと向かった。

「モモちゃん……」

 カバンに付けられているくまのぬいぐるみキーホルダーが、彼女の歩に合わせて揺れる。そのくまは濃いピンクのリボンでおめかしされていた。

「いつか、また百と……笑って会えますように。ハッピーな気持ちで百とーー」

 ーー巡り会えますように。
 出来れば、選んでくれたら……手をとってくれたら……。いけない、と頭を思い切り横に振る。そんなことを考えてはいけない。そこまでは願い過ぎだ。強欲になってはいけないのだ。私は彼と笑って会えればそれで充分なのだから、と。




 一方、百は彼女のこととはまた別の悩みに苦しんでいた。
 普段の会話は問題ないが、いざ歌うとなると声が出ないのだ。ステージの上で、収録でも、楽屋でも。場所は問わない。“歌う”ことがダメなのだ。医者に診てもらうが、心理的なものが原因だろうとのことで、心療内科の受診をすすめられた。
 思い当たるフシが全く無いわけではなかった。
 そう、おそらく、きっとーーRe:valeのことだ。

「あ、あはは……ごめんね、ユキ。また今日も歌えなかった」

 千は薄々と感じているものがあった。
 あんな状況で“Re:valeの百”となった彼。彼は元々はRe:valeのファンだった。「5年だけでいいから」と懇願された。彼の熱意に折れた千はとりあえず5年、との思いで始めはしていたが、今となってはもう昔話にすぎない。Re:valeは百じゃなきゃダメなんだ、と。その点に関しては、先日、解決した。あとは、彼が少しずつ思い直していけばいい話だ。
 もう一つの原因のほうが、困難だ。彼女と連絡手段はあるが、未だ行動にうつせないでいる。
 楽屋のソファに肩を並べて腰を掛けている二人は、下を向いていた。

「明日は頑張るよ……ごめんね。ほんと、ごめーー」

 重みが突如千にかかる。触れているところが熱い。

「……っ?! モモっ! しっかりするんだ!」
「……あぁ……笑ってるが見えるよ……幽霊かな? 幻かな……」
「待ってるんだ。おかりん呼んでくるから」

 苦しそうな百を残しておくには気が引けたが、早く戻ると告げマネージャーのもとへと走った。
《8話へ続く》

>>2018/02/16
今回は第三者視点。いよいよ、動き出します。