桜の木の下で君に告げる<5>


 もう二年半が経ったんだ。彼は寂しそうにそう呟いた。


 ちゃんに振られて、モモは毎日死んでた。生きることも放棄したかのように、瞳に色を宿していなかった。仕事は仕事で割り切って入るようだけど、オフになるともうあんた誰? って感じで。
 ちゃんと僕は仲良しこよしとまではいかないけど、そこそこの仲になり、ラビチャのIDは交換済みだった。
 モモと別れてからも連絡は取り続けていた。彼には内密に、が条件だったけど。それでも、いざとなれば、何かの情報を横流しするつもりでいた。逆もまた然りだ。モモに何かあった時は彼女に教えるつもりでいた。ただの日常的な会話じゃダメだ。もっと、こう……具体的なーー。

「百ちゃん、千くん、今日もよろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします! あと十分したら行くから先に行っててください」
「時間はまだ大丈夫ですから。失礼します」

 突然楽屋のドアが開いたと思えば、番組の担当の人だった。すぐに帰ったけど。

「ユキ、大丈夫? 最近、元気がない気がする」

 元気がないのはモモの方じゃないか。
 僕は知ってるんだ。二年半前から。君のその笑顔は偽物じゃないか。笑っているようで笑っていない。心から笑えていない。幸福という感情が抜け落ちているんだ。
 隣りにいたからわかる。原因が何かも。
 本人はそう思いたくはないようだが。こればっかりは、時間しか解決しない。二年半経ってもまだ引きずっているのならーーそろそろ僕が動いてもいいのかもしれない。
 どう動くーー?
 あくまでも自然に、だ。モモを操作するように動いてはダメだ。意味がない。
 ちゃんからアクションをさせようか?
 ーーいや、ダメだ。下手に動くと不自然になる。でも、ちゃんはまだモモのことが……。一体、どうすれば。

「悩みごとでもあるの? 唸ってばっかりだよ?」
「ーーそうじゃないんだ。大丈夫」

 ならいいんだけど。モモは納得がいってないと表情で訴えるが、僕はこれ以上言うつもりはない。

「ほら、行くよ。本番でしょ?」

 無理矢理会話を終わらせ、スタジオへと向かった。
 今日の話のテーマは「大好きなあなたへ」。皮肉なものだった。モモの大好きな人は彼女しかありえないのに。




 スタジオでの撮影が終わり、ひとまず楽屋に戻る。
 つかの間の休息さ。また数時間後には別の撮影が入っている。

「おっ! これ、美味そうじゃん! いただき〜!」

 テーブルにたくさん置いてあるお菓子の差し入れに手を伸ばしたモモ。ガトーショコラをぱくりとかじると、幸せ〜とハートマークいっぱい飛ばしてきた。
 その時、僕のカバンの中から似合わない声が聞こえてきた。ラビチャの通知音だ。スマホを取ればやっぱりそうで、メッセージを開けば、差出人は目の前にいる彼の大好きな人からで。そっと開いた。内密に。変に勘ぐられないように。

『さっきの生放送、見たよ。百、言葉詰まってたね。』
『君にはお見通しみたいだね』
『……昔から知ってるからね、一応……』
『そうね。だから、今でもこうして応援してるんでしょ?』

 既読がすぐに付くも、通知音がすぐにはやって来なかった。数分後、『Re:valeが大好きだから』と当たり障りのない返事が来た。だから、仕返しがしたくなった。『モモが大好きだから、の間違いでしょ?』と。一か八かの賭けにもなったけど、自然な流れにもなっているから良しとしよう。これくらいは大きなお世話です、と言い返しも聞く。
 全く、何であっちもこっちも自分の気持ちに素直じゃないのか。万が知ったらこう怒るよ、きっと。
 ため息をついた僕は余分にあった桃とりんごのスパークリングの栓を開けて喉を潤した。

「あ〜〜! それ、オレの!」
「モモのはそこにあるでしょ」
「ってか、さっきから何スマホ見てニヤニヤしたり怒ったりしてんの〜?」

 ふいにグイッとラビチャを覗き込まれる。

「彼女でも出来たの? モモちゃんというのがありながら~」

 ケラケラ笑うモモをちゃんと笑わせてあげたい。幸福に満ちた笑いをしてほしい。

「彼女だけど、彼女じゃないんだ」
「え? 何だよそれ〜」

 僕はちゃんにたった一文、素早く打ってラビチャを閉じた。今度、改めて話がしたいと。それが、近々、“いい話ではない”連絡になってしまうとは、この時はまだ思ってはいなかった。
《6話へ続く》

>>2018/02/15
この連載の裏の名「仲良しな百と千」