もう二年半が経ったんだ。彼は寂しそうにそう呟いた。
ちゃんに振られて、モモは毎日死んでた。生きることも放棄したかのように、瞳に色を宿していなかった。仕事は仕事で割り切って入るようだけど、オフになるともうあんた誰? って感じで。
ちゃんと僕は仲良しこよしとまではいかないけど、そこそこの仲になり、ラビチャのIDは交換済みだった。
モモと別れてからも連絡は取り続けていた。彼には内密に、が条件だったけど。それでも、いざとなれば、何かの情報を横流しするつもりでいた。逆もまた然りだ。モモに何かあった時は彼女に教えるつもりでいた。ただの日常的な会話じゃダメだ。もっと、こう……具体的なーー。
「百ちゃん、千くん、今日もよろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします! あと十分したら行くから先に行っててください」
「時間はまだ大丈夫ですから。失礼します」
突然楽屋のドアが開いたと思えば、番組の担当の人だった。すぐに帰ったけど。
「ユキ、大丈夫? 最近、元気がない気がする」
元気がないのはモモの方じゃないか。
僕は知ってるんだ。二年半前から。君のその笑顔は偽物じゃないか。笑っているようで笑っていない。心から笑えていない。幸福という感情が抜け落ちているんだ。
隣りにいたからわかる。原因が何かも。
本人はそう思いたくはないようだが。こればっかりは、時間しか解決しない。二年半経ってもまだ引きずっているのならーーそろそろ僕が動いてもいいのかもしれない。
どう動くーー?
あくまでも自然に、だ。モモを操作するように動いてはダメだ。意味がない。
ちゃんからアクションをさせようか?
ーーいや、ダメだ。下手に動くと不自然になる。でも、
ちゃんはまだモモのことが……。一体、どうすれば。
「悩みごとでもあるの? 唸ってばっかりだよ?」
「ーーそうじゃないんだ。大丈夫」
ならいいんだけど。モモは納得がいってないと表情で訴えるが、僕はこれ以上言うつもりはない。
「ほら、行くよ。本番でしょ?」
無理矢理会話を終わらせ、スタジオへと向かった。
今日の話のテーマは「大好きなあなたへ」。皮肉なものだった。モモの大好きな人は彼女しかありえないのに。
スタジオでの撮影が終わり、ひとまず楽屋に戻る。
つかの間の休息さ。また数時間後には別の撮影が入っている。
「おっ! これ、美味そうじゃん! いただき〜!」
テーブルにたくさん置いてあるお菓子の差し入れに手を伸ばしたモモ。ガトーショコラをぱくりとかじると、幸せ〜とハートマークいっぱい飛ばしてきた。
その時、僕のカバンの中から似合わない声が聞こえてきた。ラビチャの通知音だ。スマホを取ればやっぱりそうで、メッセージを開けば、差出人は目の前にいる彼の大好きな人からで。そっと開いた。内密に。変に勘ぐられないように。
『さっきの生放送、見たよ。百、言葉詰まってたね。』
『君にはお見通しみたいだね』
『……昔から知ってるからね、一応……』
『そうね。だから、今でもこうして応援してるんでしょ?』
既読がすぐに付くも、通知音がすぐにはやって来なかった。数分後、『Re:valeが大好きだから』と当たり障りのない返事が来た。だから、仕返しがしたくなった。『モモが大好きだから、の間違いでしょ?』と。一か八かの賭けにもなったけど、自然な流れにもなっているから良しとしよう。これくらいは大きなお世話です、と言い返しも聞く。
全く、何であっちもこっちも自分の気持ちに素直じゃないのか。万が知ったらこう怒るよ、きっと。
ため息をついた僕は余分にあった桃とりんごのスパークリングの栓を開けて喉を潤した。
「あ〜〜! それ、オレの!」
「モモのはそこにあるでしょ」
「ってか、さっきから何スマホ見てニヤニヤしたり怒ったりしてんの〜?」
ふいにグイッとラビチャを覗き込まれる。
「彼女でも出来たの? モモちゃんというのがありながら~」
ケラケラ笑うモモをちゃんと笑わせてあげたい。幸福に満ちた笑いをしてほしい。
「彼女だけど、彼女じゃないんだ」
「え? 何だよそれ〜」
僕は
ちゃんにたった一文、素早く打ってラビチャを閉じた。今度、改めて話がしたいと。それが、近々、“いい話ではない”連絡になってしまうとは、この時はまだ思ってはいなかった。
《6話へ続く》