桜の木の下で君に告げる<1>


※第2部・3部の若干のネタバレ、捏造有り。


 頭の中にぐるぐると巡る映像と音声がいつまでもオレを苦しめるーー。



 急な連絡。急な約束。
 オレ達は中学の頃からのよしみだ。付き合ったのは高校生になる前だけど。お互いのことは長い年月をかけて理解してきたつもり。だから、連絡をしてから遊びに行くこともあれば、いきなり家のチャイムを鳴らすこともあった。
 周りからも仲が良いね、もう夫婦みたいだなんて言われていたくらい。関係性は良好だった。
 だから、この急な約束ーー“今日の午後6時、あの桜の木の下で会えますか?”に特別に心構えなんてしていなかった。


 約束の時間を数分過ぎてしまい、駆け足になる。目線の先にはが下を向いて立っている。

ー! ごめん遅くなっちゃって」

 見つけて思わず叫ぶ。ハッと顔を上げ控えめに手を振る彼女に、笑みがない気がした。
 どうしたんだろ。いつもだったら大きく手を広げて返してくれるのに。
 そういうこともあるよね。オレは膝に手を置き呼吸を整えながらも悠長にしていた。それが間違いだと気付いたのは、でもなければオレでもない、第三者の足音が聞こえた時。ガサガサガサ。現れた足は明らかに男のもので。おそるおそる見上げると、暗い瞳の彼女と目が合った。

「私ね、百じゃない人を好きになってしまったの。ごめんなさい」
「待って……どういうこと……? 隣にいる人って……? うそ、だろ?」
「……う、うそじゃない」

 彼女の隣にはユキみたいな長身でイケメンなヤツ。ひきつった笑顔でオレを見下ろすと、何かを考えるように口に手を当てた。それを見逃さなかった彼女は肘で突いて制する。

“もう! 百ったら何やってるの~”
“あははっ、ごめんね”

 あの位置がオレだったらきっとこんな会話をしてるんだろうな。
 ひそひそと耳打ちをしている二人の雰囲気に耐えられなくなって、拳を作っていた指の爪がぎりぎりと皮膚に食い込んでいることも忘れていた。

 ――じゃあね、百……大好きな百……。
 嫌だ! オレはと離れたくなんかない!

 ――応援してるから……ずっと……。
 オレの隣でじゃなきゃダメなんだ! っ! 行かないで……行っちゃヤダよ……。



 もう二年も経ったんだ――。
 いい加減忘れたい。
 それでも、何一つ忘れることなんて出来やしない。そう簡単に出来るかって。彼女が隣りにいることが当たり前で、生活の一部分で。いない未来なんて考えてもみなかったんだ。
 それを証拠に、が使っていたタオルも部屋着もタンスの中にあるしクッションも定位置のままだ。おそろいのグラスもガラス戸から覗かせてる。

「止まったまんまなんだよな……あの時から。先に進めちゃいないんだ。心のどこかで、まだ、の帰りを待ってるんだ……。今日帰らなかったらまた明日、また明後日、明々後日って。ほんと、懲りないよね、オレ。一人の女を忘れるくらいのことも出来ないだなんて……」

 ぽっかりと空いてしまった心にはこの部屋の広さがとても寒々しく感じて、オレは頭まで思いっきり毛布をかぶって目をつぶった――。
《2話へ続く》

>>2018/02/08
百連載はRe:valeとの関わりと純粋な恋愛と、がテーマです。