青き薔薇を君に捧ぐ<Ex.1>


 家庭科の調理実習というものは、数学や理科といったものよりも役に立つものではないだろうか。家の手伝いをする人はいると思う。けれども、料理を一からするとなれば、話は変わるだろう。料理が好きではない人は進んで手伝わなければ、包丁なんて握りたがらない。そもそも、他の手伝いをすればいいだけの話だ。
 千斗の目の前でぎこちなく包丁を持ってにんじんを切るがいい例だ。こいつは、料理が嫌いか出来ない人だ。

、もっと気を楽にして。変な力が入ってる」
「そ、そんなこと言われても〜。あっ、玉ねぎが! め、目に染みる〜〜!」

 シンプルなデザインのエプロン姿が似合っていて、菜箸を持った姿が様になっていたと言うのに。千斗は気を落としながらも、の背後から右手を添えて包丁使いをリードする。こうやるんだ。サクッサクッ。進みが悪かった玉ねぎのみじん切りが千斗の手にかかればものの数分で終わってしまった。嘘だろ……。虫の泣くような声で言ったかと思えば、ハッと顔を上げ、菜箸を持ったまま両腕を振りだす。

「何なんだ、こいつは〜! せんせーい! 千斗は実は料理上手だ〜!!」

 前方からは、あらまあと素っ頓狂な先生の声が。

、うるさい。菜箸持ったまま振らない」
「は、はい。千斗先生……」
「じゃあ、今度はピーマンとキャベツを切ってて。僕は調味料を倉庫から取ってくるから」
「まっかせて〜〜」

 本当に任せて大丈夫だろうか。心配ではあったが、彼女では数十種もある調味料棚へのお使いは出来やしない。仕方無しに千斗は今の彼女でも出来る仕事を与えて席を外した。
 だが、千斗の心配は当たってしまうーー。
 調味料棚と調理実習室はすぐ隣だ。部屋同士が繋がっており、距離もない。だから、クラスメイトの声はある程度聞こえるわけで。大変だ、がやらかした〜! あらあらまあまあ!! 先生、そんなこと言ってる場合じゃ! ああああああ〜〜!! ドンガラカッシャーン!!!
 何をどうやったらこんなことになるんだ。千斗は深いため息をつき、扉を蹴り飛ばす勢いで開けた。

「うっ、ううっ……ゆ、千斗〜!」
さん! 泣いていないで、早く床を片付けなさい! ほら、ほうき持って!」
「せ、せんせー、っ……パニックになってて足が、床にへばりついてて立てません……っ、ううっ……」
「大丈夫だって、! たかが皿が割れただけだろう? 数十枚だけどな」

 クラスメイトの男子の言うように、床には一面に割れた平皿やスープ皿、コップが散乱している。自分たちのグループの分だけで用意すればいいものを、いっぺんに全員分を用意して配ろうとしたところか。

「とりあえず、立とうか。破片が刺さって怪我するといけないから」

 彼女の両手を引っ張り立たせれば、また悲鳴が。そちらを見やれば、フライパンから小さな火が出ている。僕たちの調理実習台だ。急いで火を消せば、調理台に目がついた。お酒の量が極端に減っている。バツの悪くしていた彼女を問い詰めれば、いっぱい入れれば美味しく焼けると思ってと。そういうもんじゃないんだ。分量があるんだ。それは僕がするからと言ったはずだ。キツく返せば、ごめんなさいとシュンと項垂れた。
 あ、そういえば、これ出来てたよ〜! さっきまでのしおらしさはどこへいったのか。小皿を持って走ってくるは、床に転がっていたほうきにつまずき盛大にコケる。小皿は空を飛び、散った。

「あ、あなたという人は……れ、れれ、れ、連帯責任ですよ! さん、折笠くん!」


 こうして、と千斗は反省文を原稿用紙5枚分書かされ、且つ、1ヶ月間放課後に学校内の掃除を仲良くさせられたという。
《終》

>>2018/02/28
千の手料理が食べたい……。