本社の住所や会長の居場所を事細かく
に聞く姿は、百曰く、「まるで、拷問じゃん……ユキ、マジで目が怖いよ!」だ。それもそのはず。千は
を壁際に追い詰めて彼女の脚の間に自らの脚を割り込み、両手首を頭の上で押さえつけている。温厚な千がこのような状況にしたかは、いつまでたっても口を割らない彼女にしびれを切らしたからであって。
「
、いい加減に言わないと……やっちゃうけど、いい?」
耳元で諭すように、そして脅すように千がささやく。それでも彼女は抵抗した。
「そう、わかった。だったら……!」
「や、ゆ、ゆき……やめっ……んっ!」
「やめないよ?
が悪いんだ」
「んっ……ふ……っ!」
「ほら、ここなんか、
弱いでしょ?」
体のラインをなぞられる
。千は攻撃の手を止めない。指を巧みに動かして、くすぐりという名の拷問をしているのだ。首筋や横腹、脇、ありとあらゆる部分を攻めた。ギブアップ、ギブアップ、と
が降参だと笑いながらも叫ぶまで。
こうして、彼女の義父についての情報を入手した千は早速飛行機のチケットを2人分取った。
翌日の早朝、観念した
を連れて百に空港まで送ってもらった。彼女の義父の新しい本社がある所が九州らしいのだ。以前までは関東にあったが、田舎に建てたいという夢があったようで最近移転した。東京のど真ん中で仕事をし、少し外れた所に住んでいる彼らが飛行機以外の移動手段は厳しい。東京の空港は広大だ。日本の玄関口といっても過言ではない。だが、九州の地方の空港は別だ。
「とりあえず、雰囲気だけでも変えてね、千斗……」
やっと直接会えて嬉しい彼女だったが、“Re:valeの千”イコール“折笠千斗”というのが未だに不思議なもので変に緊張していた。
「これでいい?」
髪をゆるく結び、黒縁の伊達眼鏡をかけた千は更にマスクをつける。機内ではもう帽子はかぶれない。最後尾の窓際の席が空いていたから良かったものの、やはり、千は目立つのだ。ヒヤヒヤする彼女とは対照的に当の本人は全く気にする素振りを見せない。終いには、
の手を取って恋人繋ぎをしたのだった。
本社までは、地元の空港からの交通の便がよく、バス1本で到着した。正面玄関でたまたま掃除をしていた執事に驚かれて大慌てで応接室へと通されては大層なおもてなしをされたのはついさっきまでの話。
彼女の義父は、テーブルの自社製品であるデザートをつまみながらも千の話を頷きながらも聞いていた。
は義父を尊敬していると。尊敬しているからこそ言えなかった話があると。順を追って丁寧に説明すれば彼女の義父は理解してくれるはずだとーー。
「ーー彼女に自由を与えてください」
これこそが真意なのだ。千は深く頭を下げた。一方の意味だけでも伝わればいい。そう思いながら返事を待った。
「頭を上げてくれないか、千斗くん。ーー
は優しい子だからね……すまなかったね。気付いてやれなくて。もうヤツは切ったから平気だ。君が幸せにしてやってくれないだろうか?」
「ええ……もちろん。その言葉を頂戴するために来ましたから」
「ひと目でわかったよ。君はそのつもりでやって来たと。真っ直ぐだったからね」
「お、おとうさん……何言って……?」
「それはーー」
あとでのお楽しみ。
千と義父の声が重なる。初対面のふたりがこうも呼吸が揃うだなんてずるい、と
はドア横で待機している執事に小言を漏らすのであった。
その晩、「ホテルだなんてとんでもない。娘たちがはるばるやって来たというのに部屋のひとつやふたつ用意しない親があろうものか」と義父の用意したゲストルームに泊まることになった。会社の幹部クラスをもてなすための部屋なのでまったく文句の言いようがないくらい使い勝手のよく、綺麗過ぎる部屋だった。広さも十分。ただし、ベッドがひとつしかなかった。クイーンサイズのベッドではあるが。
わざとこの部屋にしたでしょう、と
は心の中で呟いた。他にもベッドが複数ある部屋はあったはずなのに。
部屋着に着替えていた
はカーテンを閉めて、同じく部屋着姿のラフな格好の千を見た。すると、彼女の視線に気付き、整理していたカバンのチャックを閉めた。
「どうしたの?」
「あ、いや……」
千斗ってこんなにかっこよかったっけ?
そんなこと言えない。
ははぐらかすように、部屋の壁にかかった薔薇のドライフラワーを指差した。
「き、綺麗だよね……青い薔薇って。なんか不思議な気持ちになる……」
千は差された方を見やれば、口に手を当てた。
「ねえ、知ってる? 青い薔薇の花言葉ーー」
急に何を?
は視線をドライフラワーから千へと戻せば、コツンとやさしく額と額がぶつかる。ふんわりと笑った千に鼓動が速くなるのを感じる。
「学生時代に言えなかったこと、言うよ。ーー好きだよ、
。僕のものになってくれる?」
こくりと頷いて笑顔を返せば、これ以上の言葉はいらないとでもいうように千のそれで封じられた。
ーー幸福。青い薔薇の花言葉。これからはふたりで幸せになろう。
《終》