高校を卒業して、春からは違う道を歩いていくことになった。
彼女はぽっかりと空いてしまったモノを埋めたかった。アイツの言うことなんか聞いてやるものか。お前がいい人のフリをしていることなんてお見通しだ。アイツのいない時間帯を調べ上げていた
はすきを狙ってお屋敷を抜け出した。向かうところなど決まっている。この家が関わっていない図書館の近くにある公衆電話だ。この家が関わっているとすぐにバレる。
は馬鹿な人間、と思わせたままのほうが都合がいいのだ。
「……も、もしもし、千斗ですか?
です」
今日も無事にここまで辿り着いた。
は呼吸を整えながらもずっと求めていた声を待つ。
「ふふっ、どうして敬語? 今まで通りに話しなよ、
」
「だ、だって……なんか、緊張しちゃって」
「それもそうね。
はヒヤヒヤしながら行動しているわけだし」
「ちょっと、追い討ちかけないでよ……
ちゃん、死んじゃう……」
ごめんね。千斗は笑いながらも謝る。
「あのね、千斗……」
「なに?」
「うん……私、最近、誰かの視線を感じるのよ。今も……。もしかしたら、勘付かれてるのかもしれない」
そう。あそこの草むらの影から。見晴らしのいい公衆電話を選んだのも、こうやって探るためで。わざわざ見つかるのを自らバラしているわけではない。彼女はひと呼吸置いてから続ける。
「今日の電話が最後になるかもしれない。もう一生出来ないかもしれない……! それでも、私は……っ……!」
ーーずっと、あなたを想っています。あなたが大好きです。
伝えることの叶わない言葉に蓋をして、
は代わりに“ズッ友”と以前と変わらぬセリフを呟いた。
「……はいはい。それ、もう古いって」
「そうだね……古いね……っ」
さっきから変だ。もしかすると、最後になるかもしれないというのが本当にそうなってしまうと考えているのではないだろうか。千斗はなだめるように電話口で言う。
「大丈夫。何があっても僕が
を見つけてあげるから。地獄の果てまでも、深い海の底でも、遥か彼方の宇宙でも。だから、さよならなんて言わない」
「ほんと……?」
「嘘をついてどうする?」
「そうだね……千斗。さよならは言わない。だから、……またね。私はずっと千斗の友達だから! 千斗は独りじゃないから!」
「それはこっちのセリフだよ」
へへ、と笑う
の顔が見えなくても分かる。ああ、そうさーー彼女は泣きながら笑っているんだ。
お互いにまたね、とどちらからともなく言えば、ツーツーと無機質な音が流れた。
千斗は涙を流すことすらできないまま、ただただ彼女の名前を繰り返すばかりで。呟いた想いは濁る空へと溶けていった。
電話を終えた
が公衆電話から出れば、向かいの道路には見覚えのある黒い車がハザードを付けて止まっていた。ほら、思っていたとおりだ。草むらから出てきたのはお屋敷の執事の一人だった。
「お嬢様、お迎えにあがりました。ご主人様がお待ちです」
「あーあ……。上手くいってたと思ったのになあ……」
わざとらしく舌を出す
に執事は構いもせず、車へと誘導した。
その日から生活が一変した。ボディガードという名の見張りが24時間、常につくようになった。現金は持たせてもらえなくなり、敷地の外に出ることを一切禁じられた。
軟禁生活を強いられてから、季節は既にひとまわりをしていた。
相変わらず自分の横には誰かがいるが慣れてしまった。慣れって怖いものだね。ぶつぶつと呟く
に執事は紅茶のはいったティーカップをテーブルに置いた。ありがたくいただきます、とひとくち、ふたくち。もうひとくち、とカップに口づけようとしたその時だった。音量上げて! 叫んだ
に執事は慌ててテレビのリモコンを操作すれば、流れてくるのは今話題のアイドル2人組ーーRe:valeの新曲。
ーーこの髪の長い人、千斗に似てる……。
会いに行かないと。直感が彼女を動かした。数時間後、許しを乞えば、ライブになら見張り付きで行きってもいいとのことだった。こうしてライブに初参戦。千斗がRe:valeの千だとは知らないまま、彼女はRe:valeのファンになったのだーー……。
《10話へ続く》