青き薔薇を君に捧ぐ<8>


 高校1年。入学式。
 は一目惚れというのを経験した。性格も知らないで一目惚れだなんてありえないと豪語していた自分が恥ずかしくなり、視線を彼から逸らした。
 だったら、まずは、彼のことを知ろうと思った。
 それが、なかなか上手く行かなかった。何故なら、彼は別格だったから。近寄りがたい雰囲気。刺々しい言葉。彼はクラス全員を視界にはいれていなかった。友達作りがわりと得意な彼女でさえも苦戦していた。


 暫くして、席替えで折笠千斗と隣になった。
 未だに仲良くなれずにいた相手だ。チャンスだった。は一目惚れのことなんて忘れていて、仲良くなってやるという目標に燃えていた。
 ある日、教科書を見せはじっこにある落書きを見つけられた時「髪が生えたペンギン……っく、くく!」と授業中にもかかわらず笑い出したのだ。それからは、よく話すようになった。


 彼と話していると気を使わなくてもいい。
 彼と話していると楽しい。もっと話したい。もっと一緒にいたい。もっと、もっとーー。
 そこで、彼女の悩みが出てきた。
 誰とでも仲良くなれるのは良い事だ。ただ、上辺だけの付き合いで本当の友達を見つけられないままだった。千斗とも上辺だけの付き合いで終わってしまうのだろうか。不安だった。急に怖くなった。高校生活を終えたら、彼は、私のことを忘れてしまうかもしれない。身の回りのことを制限されてしまう私のことなんて。だったらいっそのこと、上辺だけの付き合いのほうが楽かもしれない。
 ここまで考えて、やめた。
 無理だ。そんなことは無理なのだ。
 だって、は、折笠千斗に一目惚れをして、折笠千斗に心を奪われてしまったのだから。大好きの気持ちは強いのだ。
 だが、どうしたものか。先日、彼に諸事情を説明した。約束までしてくれた。彼を信じていないわけではない。ただ、状況が状況なのだ。母の再婚相手は会社の会長。義父は優しくていい人だった。義父に仕えている社長が悪い人で、会長の義理の子となったを利用して会社を大きくしようとしている。企業の買収・合併だ。ーー政略結婚とでも言おうか。ひとまわりもふたまわりも年の離れた人を紹介され、高校卒業後、結婚することになっている。逆らえなかった。一言でも抗えば、母と義父を潰しかねない。社長の企みを義父にも言えなかったーー……。



 卒業生を送る歌が体育館を包み込む。胸元に赤い薔薇とカスミ草の小さなブーケを付けた卒業生は、在校生に見送られて外への扉をくぐり抜けていった。
 教室で思い思いに友人との最後の時間を過ごす彼ら。それは、千斗とも例外ではなく。
 
「あーあ。卒業かあ……早かったねえ」
「そうね。の髪が伸びるのもあっという間だった」

 何でそこなの?! は千斗の額をぺちっと指ではじく。

「ふふ……。自分で切ったって聞いたときは驚いたよ。女の子って普通は美容院に行くんじゃないの?」
「どうせ私は普通じゃないんですよー!」
「はいはい。特殊なお嬢さん」
「うっわ! からかったな……この根暗・友達ゼロ人千斗坊っちゃん」
「友達はがいるからゼロ人じゃないけど……?」
「……そうだね……“ズッ友”だもんね〜!」
「だから、それは古いって……くっく……!」

 これではまるで夫婦漫才だ。ふたりの会話を聞いていたクラスメイトが囃し立てる。あいつらっていつもあんなんだよな。仲良しだよな。あれで付き合ってないんだぜ、どうかしてる。告ればいいのに。いや、無理だろう、あの折笠だぜ。でも、折笠くん、丸くなったよね。まー、に対してだけだけどな。にとことん気を許しちゃってるのバレバレだよね。
 待って、聞こえてるから。千斗は心の中で呟いた。クラスメイトは続ける。

“でも、、政略結婚させられるんでしょ? 職場内はその話で持ちきりだってお母さん言ってたんだ……”

 その言葉に千斗は息苦しくなった。
 先日のあの話のことだ。大きな会社だから知れ渡っているのだろう。彼女は、本当にそれでいいのだろうか。今からでも遅くは……。

「ねえ、。僕と結婚してって言ったらどうする?」
「……嬉しいよ。だって、高校卒業してもまたこうやって会話できるってことでしょ? でもね……」

 無理なんだーー。
 はらはらと落ちる涙が彼女の答えだった。千斗は周囲にクラスメイトがいることも構わず、の頬に手を添えて唇を奪った。
《9話へ続く》

>>2018/02/28
なかなかのやり手になってますね、折笠くん。ジェントルマン。