青き薔薇を君に捧ぐ<6>


 彼女をここまで追い詰めて苦しめる奴は、一体どんな顔をしているのだろうか。話を聞いてからというもの、千は腹ただしかった。暴力沙汰を起こしたくはないが「数発ぶん殴ってやりたい」気持ちだった。顔には出さないのがさすがの「ジェントルマン」といったところか。千に対し、百はもう駄々漏れで岡崎マネージャーに仕事に支障が出ると注意される始末だったのだから。




 業務を言われるがまま淡々とこなしていくに感心しながらも、岡崎マネージャーはあれもこれもと資料作成を依頼していた。中には重要機密事項らしき物もあり、信頼されているのかなとは嬉しい気持ちだった。
 彼らに良くしてもらって本当によかった。このまま何事もなく過ごしていきたい。
 時計の短針がいつの間にやら進み時間が経過たことを告げる。資料作成も落ち着き、が後日の収録の台本を読み合わせている2人にお茶を差し入れようと席を立った時。来客者を報せるチャイムが鳴った。彼女が返事をしようとインターホンへ迎えば、すりガラスにうつるのは最も恐れていた者で。後退りをするに異変を感じた千がすぐさま手首を掴んで引っ張る。

「大丈夫だ。大丈夫……」

 言葉が出ないの代わりに千が叫ぶ。

「おかりん! モモ……!」
「はいはーい! モモちゃん、頑張っちゃうよ!」

 机の下に身を潜めて何時でも動けるような体勢をとる百。
 千は人一人分はある事務員用ロッカーにを押し込める。不安がるの頬に手を添え、何があっても出てきてはダメだと念を押した。

「……いい子だね。“”は今度こそ僕が守るから」

 扉を締めて近くで構えれば、罵声の嵐が事務所玄関から飛んでくる。このままでは近隣住民にも迷惑をかけてしまうと、目配せをしてから岡崎マネージャーは施錠を解除した。

「何だあ?! いい度胸してんじゃねえかよ、あんちゃんよお!!」

 40代くらいだろうか。ぼさぼさの無精ひげを生やしたガタイのいい男が乗り込んできた。
 辺りをきょろきょろと見回す様子から、やはり目的は彼女のようだ。

「どのようなご用件でしょうか。こちらは男性アイドルグループ・Re:valeの事務所になりますが……」

 岡崎マネージャーは無難な文言且つ差し障りのないようにする。

「ふざけてんのかテメェ!! ここにいるんだろう?! お嬢ちゃんはよお!!!」

 目の前にあったデスクを蹴飛ばす。本や文房具が床に散乱する。その上を男は進み、さらに別のデスクを蹴飛ばした。百は戦闘態勢に入る一歩手前だ。

「――お引き取りを」

 遠回しに追い出そうとするも、男の興奮は一向に収まらず事務所を荒らされる。デスクは男の蹴った部分に足あとが残り、イスはあちこちに。本等は床一面に踏み場のないくらいに散らばり、めちゃくちゃだった。
 それだけでは収まらない男は、ついにロッカーにまで手を出してきた。蹴っては開き、殴っては開きの繰り返しだ。そして、とうとうの隠れるロッカーへとやってくる。

「いるんだろう?! さっさと出てこいよ!!」

 男が取っ手に手を伸ばそうとした瞬間、百が男の背後を取る。
 ハッとしたのも束の間、今まで沈黙を貫いてきた千が男の胸ぐらを掴む。

「僕、ケンカ嫌なんだけど……。モモより強くないし」

 独り言のように呟けば、男は挑発するように笑う。

「こんな貧弱な兄ちゃんが相手かよ? ああ!?」
「うるさいな……。とりあえず、この事務所から出ていってよ。それと、あの子に指一本でも触れてみろ。ただじゃ済まさないから。どんな手を使ってでも。何が良い? まずは、仕事をなくそうか。生活面を成り立たなくさせよう。次は人間関係かな。僕はこの業界にいるんだ。知り合いの知り合いはあんたの知り合いだってあり得る話」

冷笑する千は味方側から見てもおぞましい。男の威勢は次第に無くなる。

「そうね。選択肢をあげようか……。とっととここから消え失せて金輪際彼女や僕たちと関わらないと約束するか、それとも……?」

男に選択の余地なんてものはなかった。
《7話へ続く》

>>2018/02/26
連載の千がゲームの千よりも行動力があるのはきっと気のせいではない。