契約書を岡崎事務所で書き終えた
は、百の運転する車に千と乗りこんだ。自分の荷物を挟んで隣に座る千はうたた寝をしている。それをミラー越しで見ていた百はCDの音量を下げた後、彼女にごめんねと話しかけた。
「い、いえ……お疲れのところ、すみません」
「大丈夫だよ。ユキは夜が苦手なんだ」
都内の道路はやたらと街灯があって真っ暗ではないため、車内は薄暗かった。
は不思議と気になって悪いと思いつつももう一度隣でうたた寝をする人の顔を見た。その寝顔がどこか引っかかるーー。
「おいでませ〜、ユキ&モモちゃんの愛の巣へ!」
辺りは先程とは打って変わって真っ暗で、言われないと分からないくらいで。閑静な住宅街の外れにあるマンションだった。
案内されるがまま付いて行けば、エレベーターは最上階に到達していて。間隔をあけて3つ並んだドアの奥の方へと向かっていた。鍵を回せば、背の高い観葉植物がお出迎えをしてくれ、
は靴を脱いだ。
男性アイドル2人の家は想像以上に綺麗だった。ゴミが散らかっているわけでもなければ、服が脱ぎ捨てられているわけでもない。観葉植物が仲良く並んでおり、ウッド調の家具がそれらをより引き立てる。まるで、インテリアチェーン店のモデルルームにあるような部屋だ。キッチンだって整理整頓されており、使い勝手が良さそうだ。
が口をあんぐりと開けていると、百はすかさず言う。
「これ、ぜーんぶユキがやったんだ! さすがユキだよ〜! モモちゃん尊敬しちゃう」
「モモがやらな過ぎなんだ」
「オレ、あんまり整理整頓得意じゃないし……料理も。ユキは料理も得意なんだよ! もう、ユキってばマジでイケメン……!」
このコンビは家でもこんな感じなのか。
は思わずくすりと笑ってしまった。
それからしばらくこの夫婦漫才は続いたのだが、彼女が舟をこぎ始めたのでお開きにさせた。千は起こさないように彼女を横抱きにして自分のベッドへと寝かせれば、毛布をかけてやった。
「……おやすみ“
”、いい夢を」
頭を優しく撫で、額同士をくっつける。
「ーーいつの間にか、君は他人のものだった……」
薬指にはまるプラチナを疎ましく思いながらも。
翌朝。
が目を覚ませば、そこには何とも綺麗な顔をした青年がいて。何かされたわけではないが、反射的に悲鳴を上げてしまった。一足先に起きていた百が扉を蹴飛ばして入ってくる。
「どうしたの?!」
「あ、ああ……あわわわ、わ!」
「あー、なるほど。はい、落ち着いて深呼吸して?」
悲鳴でも起きない千はベッドで毛布をかぶって寝たままで。彼女もまた、ベッドの上で座っていて。瞬時に状況を把握した百は
に落ち着けと言う。すーはー、すーはー。肺に空気を送り込むように意識すれば、次第に落ち着くことが出来た。よかったよ、落ち着いたようで。百がホッとしたのも束の間。
「……ん、あ……
……」
寝ぼけた千が
の腰に抱きついて来て、二度寝に入ったーー。
千が再び目を覚ましたのは9時過ぎで。百が早起きして用意したトーストとベーコンエッグは冷えてしまっていた。
ダイニングテーブルで遅めの朝食を皆で頬張っていると、ふと思い返したように朝のコック長は話した。
「そういえばさ、きちんと自己紹介してなくない?!」
「そうね。してない」
「それでよく平気でいられるね!」
「あっ、ごめんなさい」
「
ちゃんを責めてるわけじゃないから!」
「そうそう。モモが振らなかったのが悪い」
コイツめ、オレのせいにしやがって。話が進むように、ここは言葉にしたい気持ちを抑える。
「じゃあ、改めて自己紹介しよっか! オレは百。25歳。好きなものは桃とりんごのスパークリング!」
「……僕は千。モモの1つ上。好きなものはモモのボケ、かな?」
さらりと言った二人は
を見つめる。
「あ、えーっと……私は
。に、にじゅ、うっ……26歳。好きなものはーー特にはない、かもしれないです。基本的に何でも食べますし……」
「ぷっ……食べ物以外でもいいのに」
ーー相変わらず、そこは同じだね。千は安堵する。
「えっ……
ちゃんってユキと同い年!? ひとつかふたつ下かと思ってた……」
「残念だったね」
「何でそうなるんだよ! オレはいつだってユキしか見てないのに〜!」
「はいはい。僕もRe:valeのことで頭がいっぱいだから」
「ユキ……!」
「ふたりはいつもお熱いですね」
のツッコミは彼らの夫婦漫才を長引かせることになったのであった。
《5話へ続く》