青き薔薇を君に捧ぐ<3>


 岡崎事務所の応接室に連れて来られた彼女はひたすらすみません、すみませんと頭を下げた。一般人の自分がこんなところにいていいはずがない。申し訳ない思いでいっぱいだったが、Re:vale側の行為に有難く甘えることにした。
 ソファに腰を掛け、失礼しますと申し出た後、黄緑とビビットピンクーーRe:valeカラーのキーホルダーがぶら下がっているリュックサックを膝の上に置き、チャックを開けた。フラット状の、これまたRe:valeカラーのポーチを取り出せば、小さな缶の中から白い錠剤を2、3粒、口へと放り込んだ。

「ごめんなさい。薬ではないんですけど……精神安定剤代わりなんです。動悸がすごくて……すみません」

 ササッと、それはもう隠すように缶をリュックサックへとしまえば、彼女は手を膝にやり、今一度頭を下げる。

「この度は大変ご迷惑をおかけ致しました。見ず知らずの私のために、本当に、何度お礼を申し上げたらいいか……」
「いいよいいよ! 困ったときはお互い様ってね! ね、そうでしょう、ユキ?」

 彼女の向かい側に座る百は、隣にいる千に求める。

「そうね。でも、今回は特別……」

 そう。特別ーー。
 一般人だからというのもある。むやみやたらと親切にしていてはこちら側の対応に負えなくなってしまう。
 だが、千にとっては、“一般人だから”というよりも、大きな理由が存在していた。
 彼女はーーは、千のよく知る人物なのだ。しかも、ただの知り合いではない。高校時代のクラスメイトだ。人付き合いが得意ではない千の、数少ない友人。
 こうやって話していて驚いたのは、当時と雰囲気が違うということ。彼女はもっと楽しそうに会話をする人だった。こんなに人の顔色をうかがって話す人ではなかった。結婚して幸せに暮らしているとラビチャでもあったのに。染められてしまったのか、彼女の色を。自由がなくなってしまうと呟いていたから。千は彼女を見つめる。

「これから、どうしたい?」

 漠然と、でも、今の彼女には刺さる言葉を言った。

「しばらくここにいる? それとも、帰る? 自分で決めたらいい……」

 自分の人生なんだから。
 先ほどのライブで答えた言葉を遠回しに放つ。千は彼女が口を開くまでずっと視線をそらさなかった。
 一方、はというと、とても気まずい状態だった。本音を言えば、逃げたいのだ。家に帰るだなんて考えたくもない。これ以上、保たない。限界だった。だが、図々しくここにいたいとなんてとてもじゃないけど言えない。じゃあ、どうする? どうしたらいい? 分からなかった。唇をかみしめて俯いてしまう。

「いや、ユキ……難しいって、その質問。それに、そんな顔してちゃ、ちゃん答えづらいじゃん」

 すると百は千の目尻あたりを指で左右に動かす。鬼の形相だったのが途端に崩れ、これではまるでひょっとこのお面だ。狐だ。狸だ!

「ぶっ……ユキってば、変顔でもイケメン……!」
「そう? ありがとう。そろそろいいかな、モモ」

 離せと訴え、ようやっと解放される。百はくすくすと笑いながらもの名を呼ぶ。

ちゃんがよければなんだけど、一緒に住んだらいいじゃんって思ったんだけど?」
「え……一緒に?」
「もちろん無理にとは言わないよ。だって、ちゃんってユキのーーっ?! っ、痛ぇ……」

 咄嗟に千はグーパンチを腹にお見舞いをする。様子を見たほうがいい。彼女を疑っているわけではない。でも、するに越したことはないし、知らないほうがいい時もある。聞こえないように耳打ちをすれば、ユキは仕切り直すように口を開く。

「申し訳ないと思うのなら、僕達の……Re:valeのマネージャー補佐兼事務員をやったらいいじゃない。どう、おかりん。人手に困っていたでしょう?」

 それはそうだけど。急な契約でいいのかな。岡崎マネージャーはちょっぴり嬉しそうに笑った。

「よし、決まりだね。改めて、よろしく……ちゃん」

 千は挨拶だと百と共に手を差し出す。二人と同時に握手を交わしたは不思議な気分です、と初めて笑みを見せた。


 ーー今はまだ、黙っておこう。折笠千斗だということを。
 君の隣には僕がいる筈だったのに……。
《4話へ続く》

>>2018/02/21
百連載と共通して、仲良しRe:valeです!