青き薔薇を君に捧ぐ<2>


 黄緑とピンク色のペンライトを振っている彼女は、僕に見られているだなんてこれっぽちも思っていないだろう。それでも視線が合うのは、彼女がちゃんとステージ上の僕達を見ているからで。ああ、彼女もRe:valeのファンなんだと思わさせる。
 よくよく見ると、あのペンライトは確か今回のライブで販売されているものではない。前から来ていたということか。僕のことを知っていたから? それとも知らずに?
 いや、まだ彼女と決めつけるのは早い。僕はあまり信じてはいないけど、世界には自分と似た人が3人いると聞く。もしかしたらそれかもしれない。だって、ここにいること自体、可能性が低い話だから。自由がなくなるって、高校卒業前に――。

「……ありがとうー! じゃあ、今からフリートークのコーナーに入ります! 」

 曲が終わり、照明の色がカラフルなものから一色に切り替わる。咳ばらいをするモモは顔の横にあるマイクを直し、平静を失う僕を見つめる。

「ユキに質問!  “未来から人型ロボットがやってきました。過去か未来、どっちかに連れて行ってくれるそうです。どっちに行きますか?” あっ、どっちも行かないとかはナシだからね?」

 何なんだ。その質問は。心理テストか何かか? ただの興味本位の、意味は特にないというやつか。本気で答えていいのだろうか?
 試してみたい。彼女が彼女である可能性があるならば。またとない機会なのだから。
 大丈夫。上手くやれる。胸ポケットに忍ばせたお守りがある。

「過去、かな。高校時代に戻りたいんだ。“自分の人生なんだ。自分で決めたらいいじゃない”って言ってやりたくてね」
「な、なんか難しいねユキ……。何か失敗しちゃったの?」
「ナイショ。ただ、言ってあげたいだけ」

 夜の帳が下り、観客席の様子までは分からなくなっていた。それでも、彼女がいた方へ視線を外せなかった。
 どんよりとした分厚い雲が空を覆ってきていた。



 ライブが終わった。
 アンコールにも一曲だけ応じ、歓声に包まれていた。小雨はぱらぱらと落ちてきてはいたが、持ちこたえた。会場には移動のアナウンスが流れ、僕達はステージ裏で休息する。ペットボトルの水を勢いよく飲むモモは、口の端から零れた水を手で拭った。

「ふぅ……お疲れ! 今日も楽しかったね。そういえばさ、なんであの時言葉に詰まったの? 考え事? 珍しいよね――ユキ? また何か考えて……!?」

 雨の音だ。
 轟々と。叩きつけるようにそれは降ってきた。
 ざわめく会場。注意喚起をするアナウンス。

「すごい雨だね。これじゃあ傘の意味がなさそう……って、ユキ?! どこ行くの?!」

 体が勝手に動いた。言葉よりも先に。

「ちょっと、スタッフ席に」

 あそこに行けばよく見えるだろう。この雨に乗じて動けば目立たないだろうし、皆帰ろうとしているから僕がこんなところにいるなんて考えない。
 観客席のそばのスタッフ席に着けば、思ったとおりよく見えた。

「あの馬鹿……何やってるんだ」

 そこには、いつまでも席から動こうとしない彼女がいた。
 こんな雨の中だというのに。頭から足先までずぶ濡れだ。服が体にまとわりついてボディラインを強調させる。
 レインコートも持っていないのか。傘はどうしたんだ。用意周到な彼女なら折りたたみの傘があるはず。まともにくらうよりかはマシなのに、一体何をしている? 何故動かないんだ?
 僕だけじゃない。僕の行動に心配したのかモモとおかりんが駆け寄ってくる。そして、モモにアイコンタクトをして先に駆け寄った。うずくまって泣きながら動かない彼女の頭上に傘を広げ、これ以上当たらないようにする。
 すみません、とぐしゃぐしゃの顔と視線が合えば、ほらやっぱり。彼女は彼女だった。あの頃と何も変わらない。

「ごめんなさい……放っておいてください。足が震えて……家に、帰りたくないんです」

 僕に気づいていないのか。彼女は矢継ぎ早に続ける。

「もう無理なんです……あの人との生活なんて考えたくない」
「まさか、……」

 呼吸が荒くなり、苦しそうだ。ダメだ。過呼吸になっていく。背中をさすってやりたくても、今はまだ出来なくて。代わりにダメ元でもおかりんに請いた。情に厚い彼だから二つ返事で許可がおり、とりあえず事務所に連れて帰るように事が運べた。
 手をとって支えてやろうとすれば片方の手には異物感。見やると、左手薬指には誓いのプラチナが鈍く輝いていた。
《3話へ続く》

>>2018/02/14
吃りが出来るようになった名前変換機能、とても便利です。