「コツは“ぬいの好きな人の名前を優しく語りかけるように言う”かぁ……」
先日の千のアドバイスを呟いた
は、今日もまたトウマとランチタイムを過ごしていた。
近頃は彼と過ごしてばかりいる。アイドルと事務員とはいえども、同じ職場で働いているのだからあり得なくはないが。
「ってことは、陸にゃんには“九条天”って言うのか?」
「“天にぃ”の方がいいんじゃない?」
「“天にぃ”な、わかったぜ」
「トウマってりっくんファンだよね。何気に」
「シーッ! 馬鹿、声がでけえ!」
はコンビニで買った鮭のおにぎりを頬張りながら、ジロりと睨む。コノヤロウ。女の子の頭を叩きやがって。
何倍にも返してやろうとペットボトルをマイク代わりに右手で持ち、ゴホンと咳払いをしてから大きく息を吸った。
「スゥゥ……ZOOLの狗丸〜〜狗丸トウマくんは〜〜、アイナナのりっくん推し〜〜♪」
「うっ、あ……ば、馬鹿かお前は!」
「ついでに〜〜
ちゃん最推し〜〜♪」
「ばっ……! ち、違えし!! だ、だだ、だっ、誰が……
なんかを……ッ……」
そう言うワリにはめちゃくちゃ動揺している。左手にあるペットボトルがつぶれてるのがいい証拠だ。
「ぷっ……。まぁ、それはそうとーーほら、コレ見て」
そろそろおふざけも終わりだ。本題に入りたかった
はスマートフォンを出して、昨夜こっそりと撮った写真をトウマに見せる。
「あ、あれ? ユキにゃんはまだ発売されていないんじゃ……?」
「うん。そうなんだけどね。あの後、こっそりくれたの。試作段階のを。それからーーほら、この子も」
写真を横にスライドさせれば、そこには“先ほどのぬいぐるみの色違い”が膝を抱えて座っていた。それの周りには物騒なモノが散らばっている。ーーミニサイズだが。「何があったんだ?」、トウマが彼女を見つめれば、彼女もまた彼を見つめた。
それは昨夜のことであるーー……。
仕事帰りに立ち寄ったゲームセンターでたまたまどんそーちゃんを見かけた
は、空腹だということも忘れてUFOキャッチャーにへばりついていた。粘りに粘った末、何とか彼が取り出し口へと落ちてくれた。
モモにゃんとユキちゃんのお友達が出来たと喜びも束の間、手のひらにはぽとり、と生ぬるい何かが落ちたのを感じた。雨でも降り出したかと空を見上げても、そこには満天の星空しかなくて。もしや、とそれを注意深く観察すれば、大きなまんまるの瞳が潤んでいた。
その意味を理解した
は急いでバッグの中へ押し込み、大慌てで帰宅したのだ。
帰宅するなりバッグに押し込めた彼を救出しテーブルに乗せてやれば、窓の方を向いては雲の薄くかかった月を眺め始めた。その表情はぼんやりとしている。
「どんそーちゃん、はじめまして!」
は、まずはあいさつからだと思い切って話しかけたが、予想通り。返事はない。
そこへ、「おかえり、
ちゃん〜〜」とシャモジを持ったモモにゃんがてちてちと走ってきた。そのまま彼女の胸へダイブすると、一歩後ろにいたユキにゃんはぴょんと肩に飛び乗ってくる。「新入りだ!」と一匹は嬉しそうにするが、もう一匹は紫色の彼を見て察し黙り込んだ。
「どんそーちゃん、今日からここがおうちだよ! 仲良くしてね」
「……いやです……」
声がした方に顔を向けることなく、紫色の彼は拒絶する。
「ひとりじゃないよ。モモにゃんも、ユキにゃんもいるからね」
「……ちがいます……放っておいてください……」
「あ、あ、えっと……どんそーちゃんのお布団は紫色のだから……」
「……結構です……」
膝を抱えて涙を浮かべるどんそーちゃんに彼女もモモにゃんもお手上げ状態で。
今日はもう遅い時間だから、とモモにゃん・ユキにゃんの布団からは少し離れた位置に布団を敷いてあげた
はおやすみと声をかけて電気を消したのだ。
《5話へ続く》