事務処理に追われて休みが取れなかった
は、朝イチでトウマに会った。
はトウマの所属するツクモプロダクションの事務員だ。最近、転職したばかりの。社長の月雲了はあまり顔を出さない人で(ZOOLの育成に忙しいだけかもしれないが)、オフィスで見かけたことがなかった。まだ、入って日が浅いせいでもあるだろうが。トウマはアイドル、
は事務員で二人が一緒に仕事をすることはほぼないが、こうやってロビーやら食事スペースやらで会うことはいくらでも可能だ。
大事に抱えていたトートバッグをトウマは受け取り、ひと呼吸置いてバッグを覗いた。先日、チラと中を見た時のあの光景が衝撃的だったからだ。彼女のために取ってやった「モモにゃん」が短い足であぐらをかいたまま仰向けで寝ていたから。
「……コイツ、寝てるぞ?」
彼女特製・おひるね布団で、今度はちゃんとタオルケットをかぶって寝ていた。
「かっっんわいい〜〜よね? “ユキ〜〜”って言いながら寝ちゃったんだよ、モモにゃん」
「百さん、やば……可愛すぎ……あ、いや、何でもねえ」
「ふーん? 公ではアレだけど、ホントは尊敬してるんでしょ?」
ま、私には関係ないけどね。クスッと笑った
は「後から合流するからお願いね」と言い残し、エレベーターホールへと向かっていった。彼女の後ろ姿を見送ったところで、彼もまたエレベーターのボタンを押した。
ZOOLの撮影が終わったトウマは休憩中のメンバーに「先に帰る」とだけ告げ、そそくさと楽屋を後にした。普段は持ち歩かないようなトートバッグを肩にかけて。
確か、Re:valeは今日・明日と二日間に分けて一人ずつ撮影をすると通りがかったスタッフが話していた。今日の撮影は千だ。待っていれば会えるだろう。Re:valeの楽屋前に着いたトウマはスマートフォンの通知画面を確認すれば、そこにはまだ何も入ってはいなかった。彼女とはいつ合流できるのだろう。早いところしてしまいたいのに。
「あのやろう……」
「誰に対して言ってるのかな?」
「そんなん決まってんだろ!
だよ、
ーー」
「私が何だって?」
「う、うわああああ!? お、おお、驚かすなよ! バッグ落としちまうだろうが!」
半開きのドアからひょっこりと顔を出した彼らに、トウマは腰を抜かした。バッグを床に落とすことはなかったが、大きく揺れたせいか内側からボコボコとバッグが盛り上がり始めた。「
ちゃ〜ん」という甘えるような可愛い声付きで。
「モ、モモの声がしたような……いや、とりあえず、中に入って。ざっくりには聞いてるから」
ツクモプロダクションの事務員と名乗る彼女が来たときには何事かって驚いたけどね。千はプッ、と思い出し笑いをして口元を手で覆った。あの慌てふためる様はなかなかのものだった。
トウマを中に招き入れソファーに座るように促せば、大先輩アイドルに一礼をして腰を掛けた。
「君……テレビと印象が違うね?」
「あ、わ、悪ぃかよ……」
「そうなんです。本当は真面目でいい子なんです〜!」
「今、その話はいいから! ほら、これ、見せるんだろ?」
「うん。そう。……あ、あのですね、千さん。この子を見てほしいんです」
首を傾げて疑問符を飛ばす千に、トウマからトートバッグを返された
は「おいで」と優しく呼びかけて手のひらに乗るように投げかけた。こくりとうなずくモモにゃんはタオルケットを抱えたまま手のひらに乗った。数時間ぶりにバッグから出たためか蛍光灯の明かりが眩しく感じ、最初、誰が目の前にいるのかよく分からなかった。ユキの声が聞こえた気がしたのは気のせいだったのだろうか。
「ユ、ユキ……っ!」
「うん? モ、モモ……っ?!」
まさか、そんな。ぱっちり目を見開いて焦点を合わせれば、そこにはモモにゃんの会いたくて会いたくてたまらなかった人が微笑んでいた。
「はうぅああぁぁぁぁ!? 人間のユキ、超イケメン〜〜! モモにゃん、鼻血出ちゃいそう!」
「へぇ? これが噂の太鼓ぬい……ちっちゃくてかわいいね」
おいで。両手に乗るように言う千に、モモにゃんは満面の笑顔で大きくうなずいてぴょん、と飛び乗った。
「よかったね、モモにゃん。本物の千さんに会えて(私も生の千さんに会えて超嬉しい!)」
「……だな」
「ユ、ユキさん、く、くすぐったいにゃ……っ!」
「ふふっ。可愛いね、この子。本当に君が例の“アレ”を引き当てたんだ?」
例の“アレ”ーー言わずもがな、スターランクのことである。そうです、と短く返事をする
に、千もまた短く返事をした。
「……君みたいな人でよかった。モモにゃんを宜しく頼むよ」
「はい、もちろんです」
「ごめんね。僕のはまだ発売されていなくて。一ヶ月後……だったかな?
ちゃんには是非、僕のもお迎えしてほしいと思っているよ。だからね?」
ーー特別にコツを教えてあげる。
の耳に吐息がかかるくらいの距離で千は囁く。
「いいかい? コツはねーー……」
《4話へ続く》