十九時ちょうど。ボクは彼女を迎えに行った。待ち合わせ場所を決めてからの方が多かったが、今日は特別。大切な日なんだ。
一年に一度のキミのための特別な日。そんな日くらい、ちゃんとエスコートさせて。
「お迎えにあがりました。
お嬢様」
ワイシャツにしっかりと首元まで締めたネクタイ姿のボクはかぶっていたハットを取り、一礼をしてから頭の上に戻す。お手をどうぞ、と手のひらを差し出せば
は恥ずかしそうに笑った。
「ふふっ、天じゃないみたい」
「いい意味で?」
「格好よさが三割増だよ」
「そこは三割じゃなくて、“いつもの三倍格好いい”でいいんじゃない?」
素直じゃないんだから。
ほんのり色付いた頬を軽くつまんで訴えれば、頬が更に赤くなる。反対側も赤くなったから、きっとボクの気のせいではない。
玄関口で立ち話をしている余裕があるわけではなく、目的地へと急ごうと促して話を終わらせた。
彼女はというと、真っ白なシフォンのワンピースに紺色のカーディガンを羽織っている。胸元にはピンクが挿し色のこぶりなブローチをつけている。ヒールの高い靴は普段よりも背格好をスラリと良く見せ、どこか大人びた雰囲気だ。薄桃のルージュがより際立たせている。
一言で表すのなら、素敵だった。
あどけなさの残る表情が可愛らしいキミが、こんなにも変わるだなんて。楽も
を気に入っていたみたいだったから、今日の彼女は特に見せたくはないな。楽を本気にさせたくはないから。奪い取られたら取り返すまでの話しだけど。そもそも
はボクにしか興味を持たせないように教えたつもりだしね。
「てーんちゃーん! おっきな船があるよー!」
わあああ、とクルーズ船を見つけては駈け出して行く彼女はやっぱりいつもの彼女に間違いはなくて。ボクはくすくすと笑ってしまった。
「ちょっと、はしゃぎ過ぎ」
乗船したこのクルーズ船。本来はもちろん旅行に使われる。ただ、今夜のディナーは食事だけ楽しむことができるということもあって、家族連れやお年寄り夫婦、若いカップルと幅広い年齢層が会場に集まっていた。
今日は
の誕生日。そのために数カ月前から予約して、いろいろと準備してきた。ディナーもメインではあるけれど、一番の目的はプレゼントを渡すこと。丁寧にラッピングしてもらっている。これが何より苦労した。寝ているすきを狙って華奢な指にリボンを巻いてサイズを測った。それを店に持って行き彼女の指に合う細身のリングを選んだ。
メインを食べ終え、デザートのチョコレートケーキが運ばれてくる。実はこのケーキは特別に用意してもらったもの。他のお客さんのケーキとは違う。プレート中央に丸いケーキ、空いた部分にはメッセージを入れてもらっている。
「“Happy Birthday!” “I will be together forever.(ずっと一緒にいよう)”って……!」
「そう。書いてあるとおりの意味」
紙袋から小さな箱だけを丁寧に取って
の手のひらに乗せる。
「開けてみて」
「これって……!」
「見てわかるでしょ。ファッションリングじゃないよ。本物のエンゲージリング――……ボクとこれからも一緒にいてくれるよね?」
涙ぐんだ
は箱をボクに預けて右手を向けた。
ディナーの後、火照った体を冷やしたいからとふたりでデッキに出た。
この広い海の上に二人きりでいるみたいだ。二人だけの空間。二人だけの世界。最高のシチュエーションだ。
「天ちゃん、これどう? 似合ってる?」
「うん。似合ってる」
聞くまでもないよ。ボクが選んだんだ。細身のエンゲージリングが
の指を綺麗に彩っていて、本当に似合ってる。肩を抱き寄せて海を見つめれば、海面には月がゆらゆらとしていた。
ふと横目で確認すれば、打ち合わせ通りに事が進んでいた。静かに近寄って来る燕尾服の男性の手には花束が。白い薔薇。そう、これもボクが用意した。
はまだ海を見ていて気が付かない。一歩、また一歩と距離を縮めれば花束の存在が大きくなっていく。「九条様、どうぞ」と男性は小さな声で花束をボクに渡したところで彼女がこちらに気付いた。
「これを、
に」
ーー花言葉は、純真。想いを乗せて告げるよ。
「生まれてきてくれてありがとう。これからもよろしくね」
《終》