「ーーというわけで、がっくんパパにドッキリを仕掛けようと思います〜!」
は両手を広げてくるくると回る。
ここは、都内某所。八乙女プロダクションビルの正面玄関前に
と彼らはいた。
「やめておけ」
「何でよ!」
「いいからやめるんだ。親父にどう返されるかわかんねえし」
「大丈夫だって〜〜。私たち、ラビチャ友達だし?」
「そもそも、ラビチャ友達ってーーいつの間にそんな仲になってんだよ」
「ふっふっふ〜〜。ひ・み・つ」
人差し指を口元に当てる
に密かにときめきつつも、楽は譲ることが出来ない。
「あのなあ……百歩譲ってドッキリはいいとしてもだな、内容が……」
「
さんと結婚するから挨拶に来た、だったよね?」
そのため、楽と
の服だけ普段着ではなくどこに挨拶に行ってもおかしくはないくらいの格好をしているのだ。楽は首までしっかりとボタンをとめて、シンプルなネクタイで締めている。髪は目や耳元にかからないように後ろに流しており、とても良い印象を与える姿だ。彼女もまた、ブラウスに膝丈スカートスタイルだ。アクセサリーは最小限に留め、可愛らしさを出しつつも大人な女性を出していた。不慣れな格好に
は苦笑いをする。
「こんな格好、似合わないよね。自分でも笑っちゃう」
「そんなことねえよ。似合ってるぜ、
」
「がっくん……」
見つめ合う二人はもう自分たちの空間を作り出し、他を寄せ付けようとしない。
「……楽って乗る気じゃなかったのにね」
「うん。まんまと
ちゃんに乗せられちゃってる」
天と龍之介は二人で勝手にやってろ、と呆れながらも腕時計を確認する。時刻は午後二時。ターゲット・八乙女宗助が社長室に必ずと言ってもいいほどいる時間だ。おそらくターゲットは本日のデザートを食している頃だ。
「ほら、時間でしょ。行くよ」
先に動いたのは天だった。天は堂々と正面玄関をくぐり受付ににこやかな笑みをしてからエレベーターへと向かう。それに続いて龍之介、楽、そして
も小走りでついて行った。
辿り着いた社長室。微かに聞こえる音は、かつて所属していたTRIGGERーー自分たちの歌が流れている。乱暴に突き放されたが、やはり社長には社長の考えもあってのこと。八乙女プロダクションの元へ戻れるように今後の活動を精進せねば。
は次回の動画配信を前回よりもいいものにしようと心に決めた。だが、今は違う。ドッキリを成功させなくては。「作曲担当モード」を捨てて「
モード」で行くのだ。
コンコンコン、と軽くノックをすれば返事を待つこともなく部屋に入る。
「おい! まだ返事をしていないぞーーって、
か。何のようだ」
お前らもいるのか。言葉を付け足した八乙女宗助はカップを静かに持っては口つける。平皿にはセロハンとフォークだけが残り、デザートは食したようだった。
「がっくんパパ、あのね!」
「馬鹿。挨拶するのにそれはないだろ」
ペシッと後頭部を叩く楽に
はわざとらしく舌を出す。
「ごめんごめん。あ、あのね、おとうさん……」
「待て。お前たちはさっきから何をわけのわからないことを言っている? それに、お前の父親になった覚えはないと前にも言ったぞ」
「いや、それがだな……そうなるんだよ、親父」
「は?! お前まで何を馬鹿なことを……!」
社長椅子にふんぞり返って座っていたが、思わぬ言葉に椅子を後ろに突き飛ばす八乙女宗助。
「親父、聞いてくれ。俺たち、結婚するんだ」
「ば……馬鹿な……。い、何時だ?」
「来月」
「随分急だな」
「まぁな」
「家はどうする?」
「彼女の家で今までどおり一緒に仲良く暮らすさ」
「そうか。楽……まさか、こ、こ……こっ、子どもでも出来たのか……?」
「……出来た、って言ったらどうする?」
「なっ……?! そ、そうかーー……そうか」
急に黙り込む八乙女宗助に、楽は地雷でも踏んだのかと声をかける。顔を覗き込めば、父親の目が潤んでいることに気が付き複雑な気持ちになる。こんな親子仲でも孫が出来るとなれば嬉しいものなのだろうか。いつか、本当に今日みたいな報告が出来ればーー相手は勿論、彼女しかいない。今はドッキリだけど、いつか本当の話にしてみせる。楽は決意を胸に、後方で見守るように待機していた二人にアイコンタクトを送った。
「……っ?! お、お前たちは……っ!!」
二人があげた看板には「ドッキリ大成功」の文字。一瞬、間が開いたが八乙女宗助は理解した。
「ほう。よほど仕事を増やして欲しいようだな……覚悟はいいか」
「あ、あのねがっくんパパ。これには事情がありましてーー」
「お前たちのくだらない事情とやらに巻き込むな!!」
机を両手で叩いて苛立ちをあらわにする宗助。表情がいささか落ち込んでいるようにも見えるのは気のせいではないだろう。しかし、その表情が彼らに勘付かれることはない。
楽はというと、俯いて何やら呟いていた。
や後方の彼らには聞き取れなかったが、彼の父親でもある宗助にだけは聞き取れたようで青筋を増やして舌打ちをする。
「お前がハッキリとしないのが悪いんだぞ! わかっているのか楽!!」
《終》