八乙女楽、九条天、そして十龍之介は茶色いラグの上に胡座をかいている。ミニテーブルにはグラスが三つとお菓子の入った器、それから電源が入れられたノートパソコン。マウスをくるくると操作する天は「準備出来たよ」と自分たちよりもかなり離れた位置から指揮をとる
にアイコンタクトをすれば、大型カメラを携えた姉鷺カオルは彼らにそれを向けた。
「んなぁみーち、はいさい! ちゅーから始まりましちゃん、ネット番組「TRIGGERの醒めない夢を一緒に」! 司会やわん、十龍之介がさせてくわっちーさびら。ゆたしくうにげーさびら!」
「そこは“こんにちは”じゃなくて、“こんばんは”でしょ」
「ってか、沖縄弁わかんねえから!!」
「そう? 決まり文句を言ってることくらいわかるでしょ?」
「わかんねえよ!」
彼らは随分とラフな格好をして座っているにもかかわらず、誰かに対して喋っている。だが、彼らの周りにはお客さんは一人すらいない。自分たち以外にこの空間にいるのは、マネージャーの姉鷺カオルと作曲担当の
だけだ。ただし、カオルからはカメラを向けられている。そして、ミニテーブルの上のノートパソコンにはそんな自分たちが映っている。ーーそう、これはひと月程前に話が上がっていた「動画配信」だ。この日がついにやってきてしまったのだ。
八乙女プロの社長でもあり楽の父である宗助からは「龍之介の沖縄弁コーナーは禁止」と言われていたが、オープニングトークくらい面白く行こうという作曲担当兼動画配信担当の
の意見でこうなった。
それでも、滑ったらどうしようと今更思い、
はカオルに耳打ちをする。
「今撮影中よ」
「……大丈夫だよね?」
「何よ今更。あんたがプロデュースしたんだから大丈夫よ」
この日のために、
は念入りに準備をしてきたのだ。機材だけではなく、撮影スタジオ(といっても彼女の家のリビングだが)のセッティングに三人分の衣装・小物まで。普段、「TRIGGER=格好いい」で通っているから動画配信ではあえて外してみようとTシャツに七部丈綿パンツといったゆるゆる部屋着スタイルにした。
「あの子たちの着ている服だっていつもとギャップがあっていいんじゃない? 私は好きよ。部屋着スタイルも」
だから心配なんていらないわ。カオルは
の肩を叩き、再びカメラから彼らを覗いた。
「そういえば、俺たちの服、いつもと違って斬新だよな」
楽が、ついさっき裏方で話していたことをあげる。それと同時にノートパソコンの画面右側は激しく文字が動く。
「そうそう。これ、“いつもの俺たちじゃない俺たち”がテーマなんだって。動画監督が言ってたよ」
「Tシャツはそれぞれの色で、下はチノパンかな? 七部丈の」
そう言うと天はカメラに全身が映るように立ち上がって披露する。スラリとした天の色白の足には相性が良い。
「ああ〜〜〜天ちゃん似合うわぁ。お姉さん鼻血出そう……ぶはぁっ」
「ちょっ……
、あ、えーっと……オープニングトークはここまでにして、次に行きたいと思います」
勿論、
の声は彼らにははっきりとは届かないくらいの小声だった。だが、行動で分かるもの。あたふたする司会の龍之介はごくりとグラスに入った麦茶で喉を潤して切り替えした。ため息をついた天はそのまま座ることなく画面からフェードアウトする。そして音声が取られないようにマイクのスイッチを一旦オフにし、フローリングに寝そべる
のそばでしゃがんだ。
「ちょっと、何やってるの」
「う、うぅ……天ちゃんの七部丈の破壊力がすごくて……」
「はぁ……プロデュースしたのって
さんでしょ?」
「そうなんだけど……やばかった」
「まぁ、いいけど」
不敵な笑みを浮かべた天は
の頭を乱暴に撫でる。
「だったら、もっと、
を滅茶苦茶にしてあげる」
「はぅぁ?!」
「ふふっ……冗談だよ」
立ち上がる天は
の横を通り過ぎてキッチンへと向かって何かをし始める。ものの数分で終え、ようやく楽と龍之介の待つ場へ戻る。手にしていたトレーからは甘い匂いがただよい、彼らの鼻先をくすぐる。
「二人とも、ごめんね。これを出すのを忘れていたから取りに行ってたんだ」
大皿を二人の前に出せば、続いてカメラも視線を追う。
「美味そうなホットケーキだな」
「本当だ。これ、天が作ったの?」
「そうだよ。部屋着パーティーには欠かせないでしょ」
「くまさんの形で可愛いね」
「子どもの頃からの自信作だよ」
ノートパソコンには「天くん可愛い」「私もホットケーキ食べたい」「くまをさん付けする十さん可愛い」「クールに言っても目はホットケーキに眩んでいる楽様可愛い」「ホットケーキになりたい」等々、コメントの嵐。まだ本題にも入っていないのにこの盛り上がりようはなかなかいいのではないだろうか。
は手応えを感じながらも、自分がプロデュースした彼らにときめきつつ様子を見守った。
《終》