どしゃ降りの中で行われたゲリラライブは無事に終わり、今後は少しずつ世間に顔を出していこうとカオルと
はネット動画配信という案を出していた。
以前、アイドリッシュセブンが積極的に行っていた活動だ。彼らほど上手く行く保証はないが、動画配信経験者の彼女がいる。話題性は充分にあると先日のゲリラライブで証明した。何とかなるだろう。気楽に考えていた
ではあったが、カオルと同様、たった一つだけ引っかかることがあった。ーーTRIGGERは「かっこいい」が主体だ。「おもしろい」ではない。アイドリッシュセブンは「おもしろい」と評判だった。それは彼らが実際に見ていたのだから分かるだろう。だが、TRIGGERに「おもしろさ」はない。ーー必要がなかったんだ。
「あの子たちみたいに面白さが出たらいろんな人が見てくれるかもしれないけど……」
「TRIGGERが面白くなったら……イメージが、ねえ」
とカオルは、配信日を来月にと段取りはしていても、尚、項垂れるのであった。
翌日。皆をリビングに集めたカオルは左手を腰にやって、右手はビシッと楽を指差した。
「そ・こ・で!! 今から電話しちゃおうかと」
「は? 誰にだ?」
「決まってるじゃない〜。社長よ、社長!」
「親父にか?!」
俺たちはもう八乙女プロから抜けてるんだぞ、とカオルに突っかかっていく楽ではあったが勢いではカオルの方が勝っていた。立ち上がった楽よりも早く、手にしたスマホを操作して耳に当てていた。
「
ちゃん、本当に大丈夫なの?」
心配そうに龍之介は
に話しかける。
「うん、大丈夫だよ。だって私たち、ラビチャ友達だし……?」
『ーー誰が“ラビチャ友達”だ』
「あ、がっくんパパ? スピーカーにしてたんだ、カオルさん」
「ええ。社長が
さんとお話したいって言うから、ね」
『誰がそんなことを言った。言ってないぞ!』
「え、そんな……がっくんパパひどい……」
『お前の父親になったつもりはない!!』
「がっくんと結婚したらお義父さんになるじゃん!」
『は?
、楽と結婚するのか? 聞いてないぞ、楽!』
電話越しで会話する
とカオルと八乙女宗助。いつの間にこんなやり取りをする仲になったんだ。天と龍之介は苦笑する。一方で、楽はいきなり自分の名前が上がり、しかも気になっている相手と結婚すると勝手に話が進められて動揺する。
「ば……っ、おい親父! 例え話を言ってんだよ、こいつは」
ーーそう、例え話だ。彼女と恋仲になる可能性はゼロに等しい。今は、まだ。
楽の想いなど露知らず、あの八乙女宗助をからかう
とカオルはケラケラと笑い続けるのであった。
もちろん、ただ仲良しな会話するために電話をしたわけではない。八乙女宗助の意見を聞くためだということは誰しもが理解している。彼が言うには、「面白さを全面に出すことは禁止」「あくまでもTRIGGERらしく」とのこと。「龍之介の沖縄方言コーナーはまだすべき時ではない」と
の案は却下された。TRIGGERのタレント化は避けたいのだ。
とカオルはテーブルに用紙をいっぱいに広げて文字を叩き込んでいった。
収録日前日。
のラビチャに「お昼にここのホテルのレストランに来て」と天から通知が入った。数秒後には地図が送られる。リンク先を開けば、そこはどうやら電車で数駅先のところにある高級ホテルのようだった。「わかったよ。今から準備するね」と返せば、すぐに「もちろん、楽と龍もいるよ」と届いた。文字を打とうとしたらもう一通入る。「二人きりの方がよかった?」と。
「お姉さんをからかわないの」
は天に聞こえもしないのにスマホに向かって呟く。「天ちゃんはどうなの〜?」とにっこり笑顔マーク付きで返信し、玄関の鍵を閉めた。
エントランスは天井が高くて、光がたくさん差し込んでいる。床は大理石で、壁にはお高そうな絵画がいくつか並んでいてもう自分がここにいるのが場違いだ。
はキョロキョロして呼び出した人物を探せば、目の前の大きな階段から彼らが降りてくるのがわかった。
「
さん、こっちだよ」
お出迎えしてくれる天の雰囲気が違う、とつい凝視してしまった
。髪を後ろへ流し、ラフな服ではなくジャケットを羽織っている。
「お手をこちらに」
「て、天ちゃん……」
「ふふっ、慣れてるわけないよね。大丈夫」
髪型のせいかやけに大人びている天に
はまともに顔が見れない。それにすぐ気付いた天はクスリと笑って「ボクに任せて」と
の手を取った。
歩調を彼女に合わせながらもリードする天。中央窓側のテーブルには二人の姿を見て微笑む彼らが座っていた。
席に着こうとすれば楽がスッと立って彼女の座ろうとする椅子を引く。
「どうぞ、こちらへ」
「がっくんまでお姫様扱いするの?」
「まあな。今日は
のために用意したんだから当然だろ」
「え、どういう……?」
「こういうことだよ。……天」
目を点にする
に龍之介はウィンクをする。どうやらこれから教えてくれるようだ。彼から何かを後ろ手に受け取った天がそれを
の前に突きつける。
「これを、
さんに。ボクたちからのプレゼント」
カスミ草とガーベラで作られたブーケーー。
「いつも世話になってるお礼だ。受け取って欲しい」
「三人で選びに行ったんだよ。色でちょっと揉めちゃったけどね」
白のカスミ草にピンクのガーベラ。シンプルで可愛らしくて女の子らしいブーケだ。他にどんな案があったのだろう。疑問に思う
に龍之介が続ける。
「結局は
ちゃんに似合いそうなものにしようってこうなったんだけどねーー」
「ボクは最初からピンクがいいって言ったんだけど?」
「全部ピンクだったじゃねえか!」
「自分だってまっしろしろなブーケにしてた」
「まぁまぁ二人とも……」
いつものようにいがみ合う二人をなだめる龍之介。そんな彼らの横でブーケを握りしめる
は目頭が熱くなるのを感じた。
「どうした? 泣いてるのか?」
膝を曲げて
の顔を覗き込む楽だったが、突如、ペチッと腹部に軽い衝撃が走る。
「っ……?!」
「馬鹿っ、泣いてない……!」
涙の跡が頬にあると言うのに。腹部を叩かれた仕返しにデコピンを御見舞してやった楽は、わずかに残っていた涙を指の腹で拭い取った。
「はいはい」
「もう! 今、子ども扱いしたでしょ!」
「してねえよ」
「した!」
「違えよ。女の子扱い、だ」
「なっ……!」
「ぷっ……あんたのそういうところ、好きだぜ?」
「ばっ、馬鹿……! もうっ、天ちゃんといいがっくんといい……調子狂うなあ」
「は? 天、何か言ったのか?」
「何だっていいでしょ」
「よくねえ」
「楽には関係ないね」
「こら、二人とも! 席が台無しになるから止めなさい。ごめんね、
ちゃん」
「ふ、ふふっ……私、楽しい。今、最高に楽しい!」
屈託のない笑みの彼女に、喧嘩していた二人も止めに入った彼も目をぱちくりとさせて顔を見合わせた。
「がっくん、天ちゃん、つなぴ。まだまだ未熟な私ですが、これからもよろしくね」
「当然だ」
楽の返事に天はにこりと笑み、龍之介は大きく頷いた。
八乙女楽、九条天、十龍之介、そして
と姉鷺カオル。彼らのTRIGGERは、まだ始まったばかりーー。
《終》