日本の離婚率は「三組に一組」と低いわけではなく、珍しいものではない。随分前の日本とは違うのだ。彼女の両親が離婚したことは特段と気にすることではなかった。だが、その後が問題であって。
彼女の“訳アリ”を聞いたあと、TRIGGERの面々はそれぞれ異なった表情をしていた。先陣を切ったのはリーダーでもある楽だった。
「どうかしてるな、そいつ。結婚した相手の子どもを狙うとかあってはならないことだ! 手出すとか以ての外だ!」
楽は彼女の義父を否定した。怒りに任せて自分の父親のことも語りだす始末。「俺の親父もそうだ。あいつは自分勝手でおふくろのことなんか見てなかった。いつも俺たちのことなんて見ちゃいねえんだ! 家族を大事にしないヤツは嫌いだ」と。
「そう……。
さんは今まで頑張ってきたんだね。大変だったね」
一方、天は義父には触れず彼女自身を褒めた。否定する役目は彼だけで充分だ。
「……そっかぁ。一人で寂しかったね」
龍之介も天と同様に考えていた。褒める役目は慣れている天向きだ。弟である陸をよく褒めていただろう。ならば自分は慰める役だと。
三人に囲まれてそれぞれ異なる眼差しを向けられ、
はしどろもどろに。いっぺんに慰めてもらうのは初めてのことだし、それになにより、あのTRIGGERの三人に自分がこうまでしてもらっているのだ。上手く喋れるはずもない。仕事を一緒にすることになったことでさえ、まだ夢の中にいるのではないかと頬をつねって確認したいくらいなのに。
あれもこれも、と考えていたら追いつかなくなりカオルに助けを求めれば、ふふっ、と口元に手を当てて嬉しそうに笑っていた。
「あ、うぅ……カオルさんまで!」
「ふふっ、ごめんなさいね。この子たちがここまで他人のために一生懸命になるなんて予想外だったから」
「んなことねえよ」
「ああ、そうね。楽は小鳥遊さんにも一生懸命だったかしらね」
「うるせえ……ほっとけ」
「男は一途じゃないと嫌われちゃうわよ……痛っ」
余計なことを言うなと楽はソファーに転がっていたクッションを思い切りカオルの顔面めがけて投げた。それが見事に命中し、カオルは床に落ちたクッションをつかむと投げてきた本人へと飛ばした。
ーーはずだったが、起動は大きく逸れて天の方へ。鼻先にぶつかる前に腕で防いだため、痛みはやって来なかった。
「……っ、ちょっと楽、ボクのところに飛んできたんだけど?」
「俺のせいかよ!」
「まぁまぁ、二人とも……。
ちゃんの話をしてたのに」
そうだ。痴話喧嘩などしている場合ではない。
「いや、でも、ありがたいですよ? 好きなことさせてもらってるし。極貧な暮らしをしているわけでもない。家も郊外だけど、マンション最上階の3LDK。リビングなんて20畳あって、むしろ、贅沢」
はぼんやりとガラスの向こう側の景色を見て答える。自分は何不自由なく暮らしている。贅沢している方だと。
「作曲部屋と寝室と……。あとひと部屋はTRIGGER部屋なの。皆に見せるのはちょっと恥ずかしいけどね……」
ひょいと立ち上がった
は彼らの横を過ぎてドアの前へ。開かれた部屋は彼らからも多少なりともうかがえた。壁一面、白いところがないくらいのポスター。シェルフにはグッズや本、CDがみっちりと。ブロマイドだってあるんだよと自慢気に話す
は、仕事だということを忘れているようだ。クスクスと笑う天に、照れくさそうにする龍之介。楽は今までのTRIGGERの活動を思い出すのと同時に、ファンに感謝への気持ちが溢れてきた。
「ありがとな、
。それと、少しは落ち着けよ」
「ふふっ、落ち着いてるよ。……いっそのこと、みんな、ここに住んじゃう?」
唐突だった。思いがけない言葉に四人はその場で固まる。
「私はいいよ。こんなだだっ広いんだもの。ただし、家事は当番制でお願いしますね」
「え、なに……もう決まっちゃってるの?」
「気合入れて当番表作っておくから〜」
「あははは……
ちゃんっておもしろいね。って、冗談だよね?」
龍之介が
を見つめれば返ってきたのは満面の笑みで、思わず溜め息が出てしまった。すると見兼ねたカオルが眉をハの字にして申し訳無さそうに耳打ちする。
「違うのよ。私が彼女に無理言ってお願いしたのよ。彼女にとっても曲作りのいい刺激にもなるだろうし。何よりも……あなた達の生活が、ね。不安の塊だわ! 男なんて節約術を身に付けないから……」
それは語弊があるんじゃ……。龍之介は出かかった言葉を飲み込んで相槌を打つことにした。その通りだ。節約術だなんて特に考えもしないで生活をしてきたのだから。
不安になった龍之介が楽に視線を向けると、どこか嬉しそうに彼女と談笑していて。この状況を変に心配するのはやめようと、代わりに笑顔を取り繕うことにするのであった。
《6話へ続く》