ブーケを君に贈りたい<4>


「本当にごめんなさい!」
ちゃん、頭上げて? 俺たちも悪かったんだし。ね?」
「そうそう。楽がお酒なんて入れておくから悪かったのよ!」
「そうだね。楽が悪い」
「お前らなあ……!」

 上から龍之介、カオル、天である。楽額に手をやり、やれやれと言った仕草をしてから彼女が未だに土下座をするソファー下へと向かった。

「もうやめろって。な?」
「うぅ……はい……ごめんなさい」

 と視線を合わせるために片膝を立てた楽。

「土下座なんてもうするな。女が男にするもんじゃねえんだ。いいな?」

 小声で返事をしたに「いいこだ」と頭を撫でてやれば、彼女はくすぐったく笑う。
 そんな二人の雰囲気に押される三人。「何だかいい雰囲気だね」「楽、気持ち悪いよ」「さすが抱かれたい男ナンバーワンね」、と三者三様に感じていたのだった。



 気を取り直した彼らはテーブルを囲んで座っていた。冷えた緑茶を入れたコップに水滴が付き、話し込んでいたことが分かる。は握り拳を作って肩を震わせていた。

「TRIGGERが好きだったから、あんなことがあって本当に悲しくて。きっとハメられたんだって……。」

 ーーそう、ハメられたんだ。
 彼らは顔を見合わせる。目の前にいる彼女は……ファンの子はTRIGGERを信じている。待ってくれている。何かをしたいって思ってくれているんだ。

「私が作った曲、TRIGGERの皆さんが歌ってくれたらいいなって。そう思って作りました。だから、嬉しかったんです」

 彼女の作る曲は可愛らしかったり格好良かったり、しんみりしていたり明るかったり。多種多様だった。だが、ここ最近の曲は格好いいものが多くなっている、と天は彼女に会う前の下調べの段階で気付いていた。どことなく、自分たちに似ているとも。

「俺たちにとってはありがたい話だ。でもな……言いづらいんだが……」

 言葉を濁す楽に、は続ける。

「ちゃんとした報酬はまだいりません。“出世払い”? というやつで構いません! カオルさんと一緒に、TRIGGERを支えさせてください!」
「だから、頭はもう下げるなって……!」

 深々と頭を下げるに楽は声を荒らげる。頭を下げないといけないのはこっちの方なのに。
 
「何でそこまでするんだ? 正直な話、金がないと生活が出来ないだろう?」

 我々は生きている以上、生活をしていかなくてはならない。そのためにはお金が必要になる。物を食べるにも、家に住まうのも。電気や水道、ガスだってなくてはならない。最低限の暮らしをするだけでも月に十数万円は必要になってくる。削るところを削っても、だ。何せ、ここーー彼女の家は一般向けのマンションではないだろう。到底、今の彼らでは彼女の生活水準を賄うことは出来ない。
 は緑茶で喉を潤した後、苦笑しながらも説明する。

「ーー構いません。広告収入が少し入りますし、訳アリな家庭なので」
「訳アリって……?」
「楽、その話は……」

 龍之介がすかさず入る。人には言いたくないことの一つや二つあるのだ、と。

「大丈夫ですよ、十さん。その代わりーー」

 先ほどとは打って変わって、はくしゃりと照れくさそうに笑う。

「ファンでいた時と同じように、あだ名で呼んでもいいですか?! あ、あと敬語もできれば外したいです。……あ、でも、ダメですよね……すみません」
「構わないぜ」
「ほ、ほんと?!」
「いいよ。ボク達もオフでいかせてもらうけど。いい?」
「それは、もちろん大丈夫ですけど……?」
「そ。わかった。じゃあ、聞かせてよ。キミのこと」

 九条天という人物はこんなにズバズバとした性格だったのか。大人の女性たちをとりこにするあの小悪魔的なスマイルはアイドル用だというのか。第一印象と全然違って戸惑うに、当の本人はじっと彼女を見つめたまま。「まだ?」とコップのフチをなぞりながら促す天に、緊張しながらもゆっくりと語りだした。


 家族が自営業をしていたが時代の流れに乗れず事業に失敗してしまった。
 次第に両親は無口になっていき、離婚。父親は田舎に戻り、行き場のない母親は居続けることになった。
 数年後、借金の肩代わりをしてくれる相手が現れて、母が再婚をする。その再婚相手は母親を愛していたが、子どものまでも愛してしまったらしく、とても可愛がってくれた。だが、行動が年々エスカレートしていった。彼女が洗濯カゴにいれた服や下着が時々行方不明になった。犯人は義父だった。義父の部屋からは彼女の物があちらこちらにあったのだ。それだけではない。脱衣所には隠しカメラが付けられていたのだ。夜になると、が眠りについたことを確認すればパジャマをめくって至る所を撫で回した。
 耐えるに耐えられなくなったは逃げるように家を出た。
 だが、それもすぐに居場所を知られ、連れ戻された。
 しかし、正気を取り戻したのか、義父は謝罪の言葉と預金通帳、現在彼女が住んでいるマンションを用意したのだ。
《5話へ続く》

>>2018/03/17
序盤の動きがゆっくりし過ぎでしたね……。気づけばもう4話です。