車内での会議はもはや修学旅行生のバス内の状態になっていた。五人しかいないが大の大人ふたりが話を盛り上げていたのだ。特に、兄弟がいる龍之介は賑やかな場が楽しいようで会議とは関係のないことまで話していた。彼女も彼女で、自分はTRIGGERファンだということを忘れ、クラスメイトと雑談を楽しむかのようにジュースを片手にゲラゲラと笑っていた。
断じて、彼女のグラスにはお酒は入っていない。ただの炭酸レモン味ジュースだ。
「もう! やだ、つなぴ……十さんったら〜」
べしばし。
そんな効果音をつけて、
は龍之介の肩を叩く。
「嘘じゃないんですよ?」
「ふっ……も、もう、全然エロエロビーストじゃないっ、くっふふ……!」
もうその話はいいから。龍之介は
のグラスを取り上げ、代わりに楽のグラスを持たせた。「おい、待て。そのグラスは!」と叫んでも時すでに遅し。透き通った茶色の液体が彼女の喉を通っていった。
「馬鹿! これはウーロンハイだ!」
「っ、ウーロンハイ? ぜっっんぜん、アルコールって感じしないよ〜?」
は台に置かれている口の開いた瓶に目が行った。先ほど口にした物と同じ色をしているそれを空になったグラスに注いで勢いよく飲んだ。
察した天は
からグラスを取り上げ鼻を近づける。ツンとさすようなあの独特な匂い――やはりお酒だ。
最初は確かにジュースだったはずなのに。酔いが回ってきた
の体を横にさせた楽は、膝の上に彼女の頭を乗せてやって溜め息をついた。
これでは話し合いにはならない。間違いだったとはいえ、酒を飲んで夢の中にいる彼女が起きなければ。ちゃんと足を伸ばして休める場所に変えなくては。「会議だったら私の家でしませんか」とまともに会話をしていた時に言っていたのを思い出したカオルは
の家まで車を走らせることにした。
エレベーターの上階行きボタンを押した龍之介はカオルが買い込んでいた飲み物を運ぶ係になった。ちなみに楽は彼女をおんぶする係で、天は皆の荷物持ち係だ。
人のバッグを勝手に漁るなどしたくはないが、今は非常事態。天はチャックを開けて内ポケットを探った。すると、モノトーンカラーのダイヤモンドの形をしたキーホルダーに探し物はついていた。
「これ、TRIGGERのグッズ……?」
「あら、本当ね。二人で先に女子会した時にTRIGGERファンだって彼女言ってたし」
女子会と聞こえたことはこの際スルーしよう。楽は彼女を背におぶって、先にエレベーターのスイッチを押して待つ龍之介を追った。
なかなか起きない彼女を叩き起こすのも忍びなかった彼らは、申し訳ないと思いつつもドアノブを回すことに決めた。玄関に靴は一足しか出ていないし、傘立てには一本しか傘がない。その割には廊下が長いしドアがいくつもある。一人暮らし用の賃貸マンションではないのに、物は一人分しか備わっていない。どういうことかと四人は顔を見合わせる。
とりあえず靴を脱ぎ、リビングへと向かおうとそれらしきドアを開ければ全面ガラス張りのだだっ広い空間が広がっていた。それもそのはず。ここはマンション最上階。他の階と違って、同階の居住者は彼女を除いてあと一室分しかない。晴れていれば有名なタワーも見えそうなくらい景色が良い。ひとまずソファーに
を寝かせた楽は自分が羽織っていたカーディガンを脱いで彼女の足元にかけた。
「気持ちよく寝てるね、彼女」
「だな。
って言ったか……彼女」
「そう言ってた。……楽、鼻の下のびてるよ」
「んだとガキ。いっちょまえに……!」
「まぁまぁ二人とも落ち着いて」
こんなところで喧嘩はよしてくれ。龍之介が二人をたしなめる。
「頬、ぷにぷにしてて可愛いね」
「ちょ……天! どこ触ってんだ!」
「どこって、
さんの頬だけど」
天の行動がきっかけで火花の勢いが増す。天を彼女から引き離した楽は胸ぐらをつかみ、今にも殴り合いが起きそうだ。そこに龍之介がいつものように割って入る。
「喧嘩はしない!! ここ、
ちゃんの家だから!」
「そうよあんたたち! やめなさい! そんなことしているヒマがあるんだったら今後のTRIGGERについて考えなさい! 彼女はそのために必要な人物なんだから」
今まだ黙っていたカオルがそう叫べばソファーで寝ていたはずの
がむっくりと起きて悲鳴を上げる。何事か、と喧嘩をしていた彼らが振り向けば、楽のカーディガンを頭からかぶり「ごめんなさい、ごめんなさい……!」とひたすら土下座をしていたのであった。
《4話へ続く》