ブーケを君に贈りたい<2>


 姉鷺カオルは偶然発見した同人作曲家にコンタクトを取った。
 本来、仕事の依頼は嬉しいものだが、少々事情がある者と交わすとなれば話は別。それも、世間を悪い意味で賑わせている、男性アイドルグループ「TRIGGER」のマネージャーからだ。カオルは返信があったらいいな、くらいの気持ちでいた。まさか、数時間後に自分の欲する言葉を聞けるとは思ってもみなかった。これが、昨日の話だーー。


 約束の日。人気の少ない場所と時間を狙って、午前十時にした。待ち合わせの喫茶店の利用客は夕方まで働くサラリーマンやOLに人気の喫茶店だ。この時間帯は、いたとしても羽を休める主婦層がたまにしかいない。
 カオルが店のドアを開ければ、コーヒーの香りが漂ってきた。薄暗い店内には心地よいジャズ調の音楽が流れており、いい雰囲気だ。その中にぽつんと若い女性がひとり、そわそわしていた。壁時計を見たり、雑誌を見たり。人を待っている様子で。
 ああ、そうだった。配信動画は仮面を着用している。作曲家のさんの顔なんて分からないじゃない。
 カオルはしまったと項垂れた。だが、おそらく、あの彼女は自分がコンタクトを取った作曲家だろう。絶対とは言い切れないが。とりあえずは話しかけてみようと歩を進める。

「すみません。あなたは作曲家のさんでしょうか? 間違っていたらごめんなさいね……」
「……あ、は、はいっ! 姉鷺さん……?」
「ああ、よかった! そうよ。私が姉鷺カオル。あなたに依頼をした人物よ」
「出会えるだなんて光栄です」

 光栄なのはこっちの方なのに。
 カオルは変わった子だなと彼女を見つめつつもイスに腰を掛けた。彼女はマスターにカフェラテを2つ頼んでから話を切り出す。

「あの、どうして私にそのような依頼を……?」
「作曲のことかしら?」
「はい。だって、あのTRIGGERですよ?! とてもありがたいお話ですよ。私、TRIGGERファンですし」
「ふふっ……それは好都合だわ。やってくれるわよね?」
「それはもちろん、断る理由が見当たりませんけど……」

 とんとん拍子で話が進む。
 それもそのはずだ。彼女はTRIGGERのファンだ。だからマネージャーのカオルに“光栄”だなんていう言葉を使ったのだ。あちら側から話をかけてくれるとは夢にも思っていないのだから。世間が「TRIGGER降ろし」をしていなければもっとよかったのだが。
 カフェラテをひとくち飲んだはこの話題に触れていいものか迷っていた。ちら、とカオルと目が合い気まずくなりもうひとくち含んだ。

「……曲のコンセプトは、あなたが普段作っている曲のままで構わないわ」

 あの曲も、この曲もひどく懐かしさを覚える曲だったから。昨日、過去の配信動画を遡って視聴したのを思い出して彼女に注文をする。

「はい。大丈夫です。第二のTRIGGERをイメージして作っていたのでーー」
「どおりで。とてもしっくり来たもの、さんの曲」

 喉を潤すようにごくごくとカフェラテを飲み干したカオルは席を立ち、バッグを肩にかけての手をつかむ。

「そうと決まれば早速! 行きましょう、さん」
「え? どこに……?」
「決まってるでしょう? あの子たちのところによ!」




 ーーコンビニへの帰り道。カオルにラビチャで「用意をして急いで来て」とTRIGGERの三人にそれぞれ通知が入った。たまたま一緒にいた彼らは顔を見合わせる。何事だ、と。年長者の龍之介は代表で「皆、一緒にいます。今から行きますね」と簡潔な返事をし、前を歩く二人に追いつくように走った。


 一方、彼らを迎えに行くためにカオルは車を走らせていた。いつもと違うのは、その車にが乗っているということ。初めてではないだろうか。TRIGGER以外の人物を乗せたのは。
 首都高を走ってビル群を抜ければ、住宅街に入っていった。その一角にある公園で彼らは待っていた。池もあり、遊歩道もあり、駐車場完備のこの十分な広さの公園ならば停車しても構わないだろう。休憩がてらソフトクリームでも買いに行こうかしら。カオルは上機嫌に呟いた。

「おい、姉鷺……」
「やあねぇ、もう……これだからあなたは」
「いや。買うなら俺が行く」
「え? 楽ってソフトクリーム好きだったかしら?」
「そうじゃない。コイツに買ってやりたいんだ。えらく緊張してるようだしな」
「まあ、確かにそうね……って、ごめんなさい。今の時期は店が開いていなかったわ」
「なんだよ……。ごめんな? 店が閉まってるって」
「ちょっと楽、彼女、ますます固まってる」
「本当だ。天の言うとおりだねって……涙目になってる?」
「龍、彼女と顔が近いぞ」
「離れなよ」
「あ〜〜! もう! あなたたち皆が顔近いのよ!!」

 そうなのだ。カオルの指摘通り、彼らはぐいぐいと彼女の顔を覗き込んでいた。楽とは鼻先がぶつかってしまうんじゃないかというくらいに。膝立ちをしている龍之介とは既に足同士が当たっているし、隣に座っている天とは手が触れ合っている。緊張するのもおかしくはない。
 抱かれたい男No.1の彼はオフでもこんなに行動が格好いいのか。龍之介は全くエロエロビーストには見えなくてむしろお兄さんという感じだし。天は小柄に見えて実は日本人平均身長はあるし手も女性よりかは大きい。とにかく、何が言いたいかというと、TRIGGERに囲まれて心臓が持ちません。は赤らむ頬を両手で隠すことに精一杯だった。
《3話へ続く》

>>2018/03/13
一話を掲載してから日があいてしまいました。しばらくはブーケメイン更新になりそうです。