ブーケを君に贈りたい<1>


※第3部のネタバレ、捏造有り。


 人気絶頂だったアイドルグループ・TRIGGERが、突然テレビや雑誌界から消えた。理由は分からない。十龍之介が花巻すみれと恋仲になったとか。八乙女楽が何人もの女性と肉体関係を持ったとか。九条天が未成年で飲酒をしたとか。グループ自体がどこかに買収されたとか。芸能界から干されたとか。様々な憶測がネット上で飛び交っていた。
 


 TRIGGERファンであるは心を痛めていた。
 自分の好きなアイドルがありとあらゆる汚い言葉で貶められているのだ。花巻すみれの件は彼女本人のブログに書かれてあるから本当かもしれない。だが、彼女の言葉のみを鵜呑みにするのはいかがなものか。十龍之介本人にも喋らせるべきだ。それに、八乙女楽や九条天に至っては証拠が何ひとつもない。あくまでもネット上で飛び交っているだけ。好き勝手に喋っている人がいるだけなのだ。
 本当に腹が立つ。
 は機材の準備をしながら、壁にかけているTRIGGERの額入りポスターを見やった。

「作曲だったら私がするのに……」

 呟いたの言葉は誰にも拾われることなく消える。
 ここはの趣味兼仕事部屋ーーつまりは自宅の一室。従業員もいなければ、他の誰もいない。いるのは自分一人。
 もしも声が届くのであれば、それは、彼女の配信を視聴する必要があるわけで。人気だったアイドル・TRIGGERが見ることはおそらくはないであろう。こんな個人の、趣味の配信を見る価値が……彼らにはあるのであろうか。そこまで考えて止めた。自分が価値まで考えてどうする。そこまで考えてしまったら、自分自信を否定することになってしまう。唯一の自分の出来ることをーー。
 時刻は22時半。
 配信の時間だ。
 はいつもの仮面ーー昔のヨーロッパの貴族たちが舞踏会をする時につけるような、豪華であり、華やかでもある目元だけの仮面をつけ、カメラのスイッチを入れた。

「皆さん、こんばんは。今夜も始まりました、の仮面舞踏会チャンネルです」

 今夜は何人の人たちが見てくれるのだろう。
 わくわくしながらも、は新しく作った曲の雰囲気を紹介したり、仲良くしている同人作詞家とのコラボ曲の製作段階をお知らせしたり、リスナーとの1秒メロディ即興コーナーをしたりといつもと変わらぬ配信をしていた。
 そう。彼女は所謂同人作曲家だ。
 実費で曲を作り、年に何度かの大きな即売会で曲を販売している。日々の活動は、この動画配信。同人活動だから大きな収入にはならない。けれども、彼女は楽しいという気持ちだけで行っている。この配信には広告収入があるため、多少の収益はあるけれども。その収益は結局のところ、曲作りへの費用になる。諸事情により外に働きには出ていないが、ここまでの情報は彼女しか知り得ないことだ。
 の仮面舞踏会チャンネルは、同人業界ではそこそこの知名度はあった。
 毎回、彼女は即売会で壁側で、列も長い。こんな人物が何故プロにならないのだと噂されるほど。プロの世界も甘くはない。やはり、同人界とプロの世界は違い過ぎるということだ。



 元八乙女プロダクション所属の姉鷺カオルは、出鱈目な情報により裏でコントロールされて蹴落とされたTRIGGERを復活させるために奔走していた。手当たりしだいに知り合いに声をかけても、いい返事はもらえない。バッグにいるのがツクモだ。味方になってくれる人はなかなか現れてはくれなかった。
 頭を抱える姉鷺が適当にPCの配信動画を流している時だった。ピタ、と姉鷺の動きが止まった。
 何だ? 誰だ? 誰の何と言う曲なのだろうか?!
 ディスプレイを見れば、同人作曲家・の“仮面舞踏会チャンネル”という文字。

「へえ……? いいんじゃない?」

 同人作曲家。誰の手にも落ちてはいない。これがチャンスだと言わんばかり、姉鷺は彼女にコンタクトを取った。
《2話へ続く》

>>2018/02/27
第3部のTRIGGERのあの事件が衝撃的で勝手に救済連載。今日の公開が楽しみです。