そーちゃんに言われて、やっぱりそうなんだって思った。
俺は、彼女を好きになってしまったんだって。
初めて
と会ったのは雨の日だった。事務所の前でボーッと突っ立っているスーツを着たヤツが見えたから、そーちゃんが不審に思って声をかけたんだっけ。その時の
、具合悪そうな顔してた。今考えればさ、シャチョーとの面接ってーのに緊張してるからって分かるけど、あの時の俺にはよく分からなかった。
ただ、何度も何度もぺこぺこ頭下げるし、口を開けば「すみません」ばっかりだし。どっかの誰かさんにそっくりでムカついた。謝ることの程でもないってのに。それに、昔のーー……母ちゃんが、酒に溺れて殴ったり蹴ったりするあのクソ親父にごめんなさいごめんなさい、って頭下げてるのを思い出しちまったから。
道端で出逢っただけの仲だってーのに、「悪い態度」だったって思う。怖がらせたって。そーちゃんに後で叱られたし。
が俺たちのマネージャーになったって集められて、正直戸惑った。そーちゃんと母ちゃんに被って見えたヤツに、どういう態度を取ればいいか分からなかったんだ。
MEZZO"に新しくマネージャーが付くっていう話は前にも聞いた。もちろん、嫌だった。バンちゃんがするんだったらよかったのにさ、今更知らないヤツに付かれてもって思った。そーちゃんも俺と同じこと思っていて、凸凹コンビが珍しく真っ平らになったって言ってたっけ。
のマネージャーっぷりは、ビミョーだった。
頭下げる時によくぶつけるし、何もないところでつまずくし、道をよく間違えるし、遠回りしすぎて迷うし、俺とそーちゃんの持ち物いっつも逆に渡してくるし……ホント、ドジ。ドン臭い。スタジオに間に合わなくて走った時もあったっけ。
初めの頃に比べたら、まぁ、よくなったって思う。スタジオ入りも時間の余裕があるし。そーちゃんの好きな五分前行動が出来てるしな。
それでも、接し方が分かんないのが、やっぱりそーちゃんと母ちゃんに被るからかなって。
が買ってきてくれた王様プリンの差し入れが嬉しいくせにぶっきらぼうに「ありがとう」って言ったり「もっと食いてえ」って困らせたりもした。「迎えが遅い」って怒鳴ったり、「眠い」って八つ当たりしたり。彼女が反発しないことをいいことに、俺は毎日困らせてばかりいたんだ。
気持ちが変わってきたのは、どんより雲のあの日。ドン臭くてトロいマネージャーが、意外にも足が速かった。雨粒を躱すように走るあの姿に、胸が高鳴った。極めつけは「ありがとう」。やっと
の口から聞けたことで、俺の中にあるスイッチが押された気がした。
女の子って意識し始めたら、彼女と仕事をするたびに心臓バクバクでさ。破裂するんじゃねっていうくらいヤバかった。まともに顔見れねーし。そーちゃんにクスクス笑わられながら
に手振ったこともあったな。
から見たら気怠そうに見えてもおかしくなかったな。
そんなある日。
二つの事件が起こった。
一つは、クソ親父との接触だ。
その日はそーちゃんと口喧嘩した。そーちゃん、
をかばってばっかりで。俺だって頑張ってるのにって言い返したけど、あれは建前だ。本音は違う。あれは、ただのそーちゃんへの八つ当たりだった。上手く伝えられないことにも腹が立って外に出れば、二人共追いかけてきてさ。そしたら、いたんだ。クソ親父が。しかも、あの親父、
の事を知っていやがった。俺の相手とか変なことほざいてさ。んで、当たり前のように
の体触りやがった。すっげえ腹が立った。一発と言わず、二発も三発もぶん殴ってやりたかった。頭に血が上った俺に、そーちゃんが前に出ていってくれて大事にならずに済んだんだ。
もう一つは、この間の入院だ。
撮影中、カメラの奥で
が倒れて心臓が飛び出るかと思った。後ろ姿がヤマさんに似たスタッフが
を横にだっこして連れて行って、気が気じゃなかった。早く終われ早く終われって口にしてたかもしれない。
病院に着けば
のヘラっとした顔にムカついて、安心もして「
のバカヤロー! 大バカヤローだ!!」って腰に抱きついて泣きながら馬鹿馬鹿って言い続けてたっけーー……。
「なあ、
」
「なーに、環くん」
「ホントにもう大丈夫なのか?」
にっこりと笑った
は電気ケトルで沸かしたお湯をカップに注いでいた。
ココは
の家。退院後、一人にさせるのが心配になった俺たちは出来る範囲内で彼女を見守ろうと家にお邪魔することにした。初日はそーちゃんもいたけど、「何だか環くんに申し訳ないから」って次の日からはちょこっと顔を見に来る程度になった。俺はと言うと、昨日は寮に帰るつもりがうとうとしちまって朝が来ちまった。つまりは、初めて女の子の家で二人きりで一夜を過ごしてしまった。
そう考え出すと、また変に意識してしまうから、今はやめとこ。
気持ちを割り切っても、そーちゃんのあの言葉を思い出し、首を横に振った。答え合わせなんてもうする必要がない。分かってる、自分の気持ちなんて。ホントは分かってるんだ。
「どうしたの? レモネード、好きじゃなかった?」
口の中に広がる甘酸っぱい味は、まるで、俺の気持ちみてえじゃん。
ごくり、ともう一口レモネードで喉を潤した俺はカップをテーブルに置く。首をかしげる
にジッと見つめ返せば、小さなそれは俺の名前を口ずさむ。
「環くん?」
「俺さ……頑張ってるあんたが好きだ」
“ーーこの紫陽花、色鉛筆でさ、ぜーんぶ水色にしよ? んで、真ん中はピンクで決まり。水色ーー俺が、ピンクーーあんたを四方八方の敵から守ってやんよ。全力でな”
《環End》