紫陽花を君と彩る<6>


「そーちゃんってホント、マネージャーを助けてばっか! イライラする!」
「彼女だけが悪いんじゃない」

 先ほどからずっとこれだ。頭を抱えるではあったが、彼らの言い合いの原因が自分でもあるため席を外せない。
 事の発端は数十分前の担当者のセリフだ。
 ラビチャで提出書類の質問を送り、彼らからの返信を自らまとめてプロフィールを作成した。壮五本人には完成した書類を確認してもらったが、環にはあえて見せなかった。最後の質問、「会いたい人は」の項目を、壮五のプロフィールと見比べた時に発見されてしまうから。
 まるで、仲間はずれにされたようだ。環は苛立ちをあらわにし、その矛先を“をかばった壮五”に向けたのだ。

「ほら、また出たよそのセリフ!」

 バンッ、とテーブルを叩く環。は彼の勢いに口を開けずに後ずさりしてしまう。一方、壮五は珍しく声を荒らげる。

さんだって頑張ってる。ミスしてもすぐに修正してる。それでいいじゃないか!」
「俺だって頑張ってるよ!」
「それは近くで見ているから、よく分かってるつもりだよ!」

 だから、ね。もういいんだ。皆頑張ってるんだよ。わんわんと泣きじゃくる子どもをあやすように、壮五は環の背中をさする。

「それに、あの質問はわざと送らなかったんだよ。君のために。そうでしょ?」

 ちらとを見る壮五に、はハッとして力強く頷く。喋らなければ。説明しなければ。その思いで、大きく息を吸って言葉にする。

「……私の……トロい私のせいにしてしまえば済むと思ったんです。勝手にごめんなさい……」
「あー、もう! んだよ、そーちゃんもも俺を信用してないってわけ?!」
「違う、そうじゃない!」
「どう違うんだよ!!」
「違うんだよ環くん! さんも僕も、傷付く君が見たくないんだ!」
「そうかよ! わかったよ!」

 壮五の手を払いのけてドアを蹴り飛ばす勢いで出ていく環に、と壮五は追いかけようと席を立った。ひっくり返るパイプ椅子に気にもとめずに部屋を出れば、意外にも彼はすぐそばで立ち止まっていた。否、動けずに固まっている。不思議に思ったが覗き込めば、顔が真っ青だった。

「た、環く……! あ、ああ、あっーー……い、や……」
さん? 環くん?」

 様子のおかしい二人の前に行けば、揃いも揃って顔が真っ青だ。に至っては悲鳴にも似た声を出して。どうしたの環くん、さん。壮五が声をかけてもうんともすんともせず、肩を揺らしてみてもそれが変わることはなかった。再度、二人の名前を、今度は大きく呼んでみれば「やっぱりな」と後方から他人の返事があった。近寄る足音に振り返ると、そこには、頭をぽりぽりとかく男がいた。小脇に酒瓶を抱えて。

「おっと……環じゃねえか。それとーー久しぶりだなあ、ちゃんよ。最近俺の相手してくれねえし、店にもいねえからどこに行ったのかと思えば……」

 舐めずり回すようにを見た男は、口元に手を当てて口角をあげる。

「今の仕事はこいつらの付き人か? それよりもさあ、俺の相手の方が何倍も愉しませてあげるってのによお」
「ひっ……やぁっ……!」

 くつくつと笑いながらものお尻を鷲掴みにし、感触を愉しむ。が抵抗をしないのをいいことに、男はその手をやめようとはしない。

「いいじゃねぇかよお。来るたびに指名してあげただろう? これくらい……」
「やめろよ……」
「た、環くん!」
「やめろよクソ親父! に触わんじゃねえ!!!」

 食ってかかる環。右手の握り拳がぷるぷると震え、今にも男ーー環の実の父親へと飛んでいきそうだ。それでも、壮五の「ダメだよ環くん!」の声に、気持ちを沈めようとする。本当は、殴りたい気持ちでいっぱいだ。

「や、やめてください……。今の私は“お店のお姉ちゃん”じゃありません。“彼らのマネージャー”です……っ!」
「ああ?! 人がかけてやった恩を仇で返そうってか?!!」
「うるせえよクソ親父……」
「環、口の聞き方がなってないぞ。そんなふうに育てた覚えはーー」

 俯いて肩を震わして堪える環に、壮五はぽんと肩を叩く。下がっていて。二人に聞こえるくらいの小声で言えば、前に出て男を睨みつけた。

「口の聞き方がなっていないのは貴方です。貴方がどういった理由でこちらにいるかは知りませんが、僕たちは仕事としてこちらにいます。遊びに来たわけではありませんし、今はプライベートの時間でもありません。これからも僕たちは仕事がありますので失礼します。ーーそれと、金輪際、二人と関わらないでいただきたい。仕事に支障が出ますので」

 でないと、証拠の写真と音声を警察に提出しますから、そのおつもりで。
 壮五の気迫に男は一言も発することなど出来やしなかった。
《7話へ続く》

>>2018/05/08
この連載では手をあげない環くんです。