彼女の初日のミスは、社長からも、周りからも悪く言われることはなかった。
それは、MEZZO"が時間に遅れることなく無事にスタジオ入り出来たからでもあり、彼らからの「初日だから大目に見ていただけないでしょうか」とのお願いもあったからだった。また、
も報告書を作成して経緯をきちんと説明したのだ。これ以上彼女を責めても萎縮してしまうだけだ。初日で、初めての事だらけなのに付き添いすら出来なかった事務所側にも責任はあるから、とのことだった。
翌日の朝。
は昨日よりも十五分ほど早く家を出て、事務所の門をくぐった。不安と緊張でキリキリと痛むお腹をさすりながらもデスクに着けば、コーヒーをすすった事務員・大神万理と目が合う。
「おはよう。昨日は大変だったね」
「ご、ごめんなさい……申し訳ないです……。大切なタレントさんを走らせてしまって……」
「その件はもういいんだよ。それよりも、今日は書類がいっぱいなんだ。MEZZO"への取材が、ほら、こんなに」
ありがたいんだけどね。山のようになってるんだよ。苦笑する大神はドンっと
に書類の山を手渡す。両手で受け取ってもずっしりとくる重さに、思わず顔が引きつる。
真っ白の紙に真っ黒の文字がビッシリと書かれてあるだけの見にくい資料。クリップの数は十三個ーーなかなかの依頼数だ。クリップ毎にめくってみれば、依頼主はテレビ局やラジオ局、雑誌やCMとさまざまなメディアからだった。MEZZO"がデビューしてから日が浅いというのに、これだけ入っていれば「IDOLiSH7」の希望の光だ。紡の喜ぶ顔も見れるだろう。
「が、頑張ります……」
資料の重さには負けながらも、
は大神に返事をした。
スケジュールを確認して、要点をまとめなければ。手帳を広げて日時を書き込んでいく
。何時何分、集合場所、担当者名。空白欄が多かったカレンダーがすぐに青字で埋まっていった。
がふと今週のスケジュールを確認すれば、先ほどの資料から記入した「雑誌のインタビュー記事の打ち合わせ」が入っており、当日にプロフィール用紙を提出しなければいけないとあった。打ち合わせまではあと五日だ。慌ててクリップからプロフィール用紙二枚を外し、彼らが住まう寮へと赴いた。
「おはようございます。
です……、あ、そっか……環くんは学校かーー」
玄関には
の求める靴がなく、彼らは留守だと報せた。
しかし、どうしたものか。早く渡さなくては。忙しい彼らだからこそ、尚更だ。特に環は学業と仕事を両立させている。隙間時間にプロフィールを書いてもらうのが効率がいいだろう。
は寮を後にし再び事務所へと戻り、PCを立ち上がらせる。デスクトップのピンク色のアイコンをクリックすると、いつもはスマートフォンで見ている画面がそのまま現れた。ーーラビチャだ。送信先をクリックし、送ったばかりの「オフを楽しんでくださいね」の会話の後に、
はキーボードから入力していく。
「壮五さんへ……えーっと、“雑誌のインタビュー記事のためのプロフィール用紙を提出しなくてはいけないので、質問に番号を振って送信します。明々後日までに回答をお願いします”……」
プロフィールはいたって簡単なものだった。「好きな食べ物は?」とか「好きな色は?」とか「お気に入りの場所は?」とかだ。
ただ、問題が一つあった。「会いたい人はいますか」という項目だった。本人からではないが、大和からはそういった類のものは環にはタブーだと言われていた。生き別れの妹を探すためにメディア出演の多いアイドルになったらしく、妹のことになると分別がつかなくなるらしいのだ。
壮五のラビチャをコピーして環のラビチャへと貼り付けるも、最後のその質問はあえて消して
は送信することに決めた。
五日後。
雑誌のインタビュー記事の打ち合わせはマネージャーである
と、MEZZO"の彼らも同行でということになっていた。
司会の進行がすらすらと進んでいたため、あまり口を出すことがなく、無事に打ち合わせを終えることが出来た。胸をなでおろした
は、環のプロフィールに指摘がなかったことを気にしながらも、印刷をしてくると言って席を外した担当者の帰りを待つだけだった。
「あっ、そういえば
さん。四葉さんのプロフィール、最後の質問が抜けていましたけど、非公開ということでよろしいんでしょうか?」
噂をすればなんとやら。担当者がドアを半開きにして例のソレを投げかけてきた。
「あ、は、はい。そうですね……」
「わっかりやした〜」
閉められたドアを見つめていた環の鋭い目線が
に向けられる。
「マネージャー、最後の質問ってなに? 非公開って?」
《6話へ続く》