紫陽花を君と彩る<1>


※第1章に若干沿いつつもオリジナル展開。


 しとしとと降る雨の中、傘をさしてとある建物を見上げる人物がいた。一方の手にはメモ用紙。簡略化された地図の横には“小鳥遊事務所”と“面接”の文字。
 黒のリクルートスーツを着ている彼女は、これからあの事務所内で行われることへの緊張と不安からなかなか動けないでいる。動悸も普段より激しい。腹痛も若干出てきた。

「……あ、あの、顔色が良くないみたいですけど、大丈夫ですか?」

 気が付かなかった。こんな近くに人がいただなんて。は声をかけてきた主の方へと視線を変えれば、それは、最近テレビで見かけた自分のよく知っている人物で。

「それ、あんたが言う?」
「だって、今にも死にそうな顔だったから……あっ、ごめんね。その……メモ用紙が見えたから」

 水色と紫の傘をそれぞれさしていた彼らは、テレビ番組で見た“仲良しこよし”とはちょっと違うようにも見える。肩を並べてにこにこ顔だったはずなのに、距離感があるように感じる。四葉環は言葉に棘があり、逢坂壮五は一歩ひいて常に顔色をうかがっている。
 そう――彼らはMEZZO"だ。今話題の男性アイドルデュオで、最近デビューした。IDOLiSH7という七人で構成されたグループに二人とも所属していて、彼らがデビューを先駆けることになったらしい。
 大まかな事は“頼もしい相棒”のおかげで調査済みだ。これから、そのMEZZO"のマネージャーになるための面接を受けるのだから。

「す、すす、すっ……すみませんすみません!」
「傘さしてください! ずぶ濡れになってしまう!」
「もう遅いって」

 ぺこぺこと頭を下げる姿が障ったのか、強い口調で環は吐き捨てる。

「環くん、その言い方……」
「うるさいなあ」
「あ、あのっ、こんなところで喧嘩は……」

 はMEZZO"のイメージが崩れたら大変だと、まだマネージャーになったわけではなかったが止めに入る。それが余計に環の気を悪くし、に刃を向ける。

「あんた、何様?」
「え、あ……その……」
「さっきからそればっか。イライラする」
「……ご、ごめんなさ――」
「あーもう! そーちゃん、行こ。五分前行動ってやつ、しよ」
「わっ?! た、環くん! ごめんね、さん。また後でね?」

 壮五が最後に彼女に投げかけた「また後でね」に違和感を覚えることなく、環は彼の腕をつかんではぐいぐいと引っ張って行く。は二人が事務所内に入っていくのを只々黙って見ているだけしかできなかった――。



 彼女が何故小鳥遊事務所の前にいるのかは、手にしていたメモ用紙が答えになるだろう。だが、小鳥遊社長は事務員やマネージャーを公募してはいなかったが、数日前、彼女の家に封筒が届いたのだ。アイドリッシュセブンのマネージャーである小鳥遊紡から、直々に。
 実は、この小鳥遊家と家は遠い親戚になり、幼少期から一年に一回ではあるがと紡は沖縄の大自然で遊んだこともある。
 紡とは固定電話で月に一、二度ほど連絡を取り合ってはいたのだが、歳を重ねていくうちにその数は減っていき、仲が良かったものの疎遠になってしまっていた。それが、先週電話があり「封筒、送ったからちゃんと見てね!」と用件だけ言ってすぐに切られてしまったのだから驚きだ。

 も紡も、高校を卒業し、いつしか社会人として地に足を付けていた。
 は就職先が都内になり、同じく就職先が都内になった(というよりかはスカウトされたらしい)沖縄の相棒と共に上京したわけだが、は仕事が続かず辞めては就職、そしてまた辞めることを繰り返すうちにアルバイト生活になってしまっていた。相棒でもあり、現在は人気アイドルTRIGGERの十龍之介は「自分に合う仕事がきっと見つかるよ。大丈夫」といつも励ましのラビチャを送ってきてくれた。

「龍……今回もダメかな……どうしよう、どうしようっ……」

 は龍之介とのラビチャ画面を開いたまま、何か文章を打つわけでもなく、ずっと見つめていたのだった。
《2話へ続く》

>>2018/04/27
始まりました〜めっぞ連載!
「雨」を聞いて、連載タイトルを紫陽花にしました。