左手薬指のサファイアに誓って


 もうすぐ付き合って三年になる。
 に告って、遊園地に行って、水族館に行って、棗の家に押しかけてイタズラして……つい最近のように思えてくる。
 部屋を見渡せばジンベエザメのぬいぐるみが少し埃をかぶって笑っている。もう少し青みがあったはずだし、埃なんてついていなかった。毎日こいつに話しかけてベッドで一緒に寝ていたし。それがいつの間にかこいつがいたところにはあざらしがいて、ジンベイザメは棚の上。
 覚えていないってことは、やっぱりそういうことなんだろう。ーー時が経ってるんだ。

 付き合って一年経ってから声優の仕事がありがたいことに忙しくなって、デートっていうデートが出来なくなっていった。連絡はマメにしているつもりでも生活リズムが違うから返信が翌日だなんてフツー。ひと月会えないことも次第に増えていった。

 それが当たり前のようになった二年目の夏、電話で言われた。「しばらく地方へ転属になってしまった。いつ戻れるかわからない」と。
 返しようがなかった。
 俺も仕事を理由にしている。会いたいのは山々だけど、仕事だからしょうがないって。
 それが、俺に還ってきた。俺はお見送りにも行くこともなく(棗が怒りながら「何でお前が行かないんだ! の彼氏だろうが!」って電話かけてきたけど生憎この日も仕事)、梓とタクシーでスタジオに向かった。
 大好きなのに。のことが大好きなのに。好きで好きでたまらないのに!
 仕事と並んでしまうと、今の俺は仕事を選ぶ。彼氏としてダメだよな。「俺さー、もう、に飽きられたのかも。に新しく好きな人が出来たからそう言われたんじゃね? あーあ……妹ちゃんにはフツーにさ、ストレートに言えんのに。には言えないとかダメ男だよね、俺」
 梓は黙って肩を抱いていた。

 からの連絡はあれ以来無かった。

 待っても待っても「新着メールはありません」の文字。
 自分からこれ以上メールをいれるのは気が引けた。が好きなのは変わりない。それでも、自分がに相応しいのか、を幸せにしてあげられるのか、その問いに答えられる自信がなかったーー。



 三年目の冬、クリスマス前々夜。
 それは突然、携帯電話のコールが色のない俺の心を溶かした。ーーからの電話だ。

「あ、あの……もしもし椿? 電話してもいいのか迷ったんだけど、今日は、そ、その……つばあずのラジオで“夜はオフ日だからのんびりする”って言ってたから……」

 驚いた。
 毎週俺と梓のラジオを聞いていただなんて。俺のことなんて忘れて仲良く幸せにやってるものって思ってたのに。まさか、本当に、仕事が理由だっていうの? 滅多に地方に飛ばされないあの職場が?
 色々と話していると、それが本当に本当だったとわかった。
 確かに、俺と少し距離を置こうとは考えていたみたいだったけど。それでも、仕事が思いの外忙しくて家にいるときはほとんど家事をして寝ていると。
 ーー馬鹿だった。
 何でもっと彼女を信じてあげられなかったんだろう。勇気が出ない俺も馬鹿だ、ホント。何やってたんだろ、俺……。

「ねえ、今なにしてる?」
「え? 今はテレビ見てくつろいでるよ。明日仕事休みだし、もう仕事が落ち着いてきて来年度から戻れるとおもーー」
「今日はもうないんだね? 約束して。今日は家から一歩も出ないで!」

 電話を切ったあと、急いでコートを羽織って玄関を飛び出した。向かう場所なんて決まってる。その前に寄るところもーー。


「ーー! 俺だよ、椿!」

 チャイムを鳴らすのでさえ面倒で、ドアを叩いて主を呼ぶ。鍵が開いた音が聞こえるやいなやドアノブを回して入る。

「うわっ!? 椿!! 何でここに……」
「ごめん! ホントごめん! 俺が悪かった。仕事ばっかりに夢中になってを気にかけることが出来ていなかった。ウザいって思われても連絡すればよかった! に嫌われたのかもって思って何も出来なくて、気付いたらこんなに時間が経ってて。俺、どうかしてた」

 コートのポケットから小さな箱をおもむろにつかんで彼女の目の前で開ける。石座で眩しいくらいに輝くのは“誠実”を意味するサファイアだ。

「このサファイアに誓うよ。俺がを幸せにする。世界一、いや、宇宙一幸せにするって。だから俺と……一緒になってください」

>>2018/01/10
テーマの宝石:「サファイア」
宝石言葉:誠実