ラベンダーの丘で会いましょう
強引にデートに誘うだなんてどうかしてる。
もしかしたら玄関に出てきてくれないかもしれない。もう話を聞いてくれないかもしれない。そんな不安が僕を駆り立てていた。
陽光がカーテンの隙間から入ってくる。あまり寝られないまま朝を迎えていた。一先ず、身支度をしようと体を起こしてカーテンを開けた。
ベランダに出たら彼女が住む家の屋根が見える。今頃起きて朝ご飯でも食べているのかなとか、まだ布団の中でもぞもぞしているのかなとかそんな想像をしては頭を横に振ってかき消す。ダメだ……今日は、今日だけは、ベランダに出るのはよそうーー。
ーー彼女に告白するつもりはなかったんだ。
幼馴染のままでよかった。
休みが合えば一緒にお買い物をして、約束なしに家に行って他愛のない話したりして。この関係を崩すことになるのなら、ずっと、このままでって思っていたから。結婚に憧れはあるけれど、とのこのなまぬるくて居心地のいい関係が続くのなら、僕は一生独身でよかったんだ。でも、違うんだよね。恋愛は二人でするもの。一人の想いはただの恋なんだ。
彼女の「お見合いすることになったんだ」告白に言葉が見つからなかった。いや、彼女を傷つけずに遠回しに“ダメ”と言えなかった。ダメって言ったところで「どうして?」となる。そもそも僕達は付き合っていないのだから。「じゃあね」と手を振って帰る彼女の手首を掴んで「好きだよ」と「明日、十時、迎えに行くね」と昨日告げたんだ。
「お、おはよ、梓。来ちゃった……」
9時45分。
マンションのエントランスで彼女が待っていた。レースの多い膝丈ワンピース、ゆるく巻かれた髪、ほんのり色付いている頬や唇。いつもよりもおめかししていて、嬉しくなる僕がいる。
「待たせちゃってごめんね。迎えに行くつもりだったのに」
「ううん。私が来たくて、先に来たから……」
「ありがとう。じゃあ、行こうか。行くところ、もう決めてあるんだ」
震えそうになる体を抑え、冷静につとめる。彼女がこうやって来てくれたんだ。望みが消えたわけではない。手を差し出したら迷いなく乗せてくれるとともにバス停へと向かったーー。
「きれい! 素敵過ぎてなんて言ったらいいかわからないよ」
「そうだね。とてもきれいだよね。に見せたかったんだ。今の時期が見頃だって弟に聞いたから」
一面紫の丘。
ほのかに香るラベンダー。
マンションからバスに揺られて三十分。着いたのは植物園。一人でも何回か来たことがあるこの植物園は僕のオススメの場所でもある。散歩にちょうどいい広さで、人混みがあるわけではない。ゆっくりするにはうってつけだ。
「ラベンダーってね、いろんな意味があるんだよ」
振り向くを抱き寄せて耳元で囁く。ちょっとずるいかな。僕の声が好きだって言ってたから。
「んっ、あ、梓……?」
「ごめんね。でも、もう、離したくないって思ったんだ。が好きなんだ。誰よりも君を想っている自信があるよ。誰よりも君を知っている自信もね。だから、お見合いの話が出た時、正直戸惑った。ずっと隣りにいてくれるものだって思っていたから。でも、違うよね。僕達ももうこんな年だし、いつまでも友達ごっこをしているわけにもいかない。僕の隣りにいたがどこか遠くに行ってしまうかもしれないって思うとダメだったんだ」
彼女は黙って聞いていてくれる。胸元のワイシャツをつかむ華奢な手が微かに震えている。
「僕はね、とずっと一緒にいられるのなら、例え君が結婚して家庭を持ってもいいと思っていたんだ。でも、それが現実へと近づいていって……耐えられなかった。僕の隣にいるだけじゃダメなんだ。僕だけのお嫁さんになってほしい」
きっと今の僕は顔が真っ赤で目が潤んでいる。
そんな男として情けない格好を一番好きな人に見られるのは避けたい。
「教えてほしい。の答えを。今すぐにじゃなくていいからーー」
腕の力を緩めて彼女に見られないように背中を向ける。
風になびいて草木が踊り、ラベンダーの香りがやって来ては僕の鼻先をくすぐった。
>>2018/01/10
テーマの花:ラベンダー
花言葉:「答えをください」
幼馴染のなまぬるい関係にある恋が進展する、という感じです。ちょっと梓が強気?